ものすごくうるさくて、ありえないほど近い

アメリカ同時多発テロで父を亡くした少年の苦悩と“調査探検ゲーム”の旅

2011年製作  アメリカ  129分

監督

スティーブン・ダルドリー

キャスト

トム・ハンクス  サンドラ・ブロック  トーマス・ホーン  マックス・フォン・シドー   ヴィオラ・デイヴィス  ジョン・グッドマン   ジェフリー・ライト

撮影ロケーション・情景

ニューヨーク  9.11アメリカ同時多発テロ  アパート 家族の絆

 

ものすごくうるさくて、ありえないほど近いのあらすじ

宝石店を営むトーマス・シェル (トム・ハンクス)は妻リンダ(サンドラ・ブロック)と息子オスカー(トーマス・ホーン)と一緒にニューヨークに暮らしていた。トーマスは日頃からオスカーにマンハッタンの隣には6つ目の行政区があったと不可思議な事を言い、その行政区を探すため「調査探検」と称するゲーム遊びをオスカーと共に興じていた。

なぜならオスカーにはアスペルガー症候群というコミュニケーション障害がありゲーム遊びをする事で人とのコミュニケーション能力を育ませようとしたためである。

オスカーは大好きなトーマスと一緒に楽しめるこの“調査探検ゲーム”を気に入っていたが、ある日トーマス一家に思いもよらぬ不運が襲いかかる。2001年9月11日に起きたアメリカ同時多発テロである。

事件の当日、学校を早めに帰されたオスカーは自宅に着くと留守番電話の再生ボタンを押した。そこにはトーマスの声が録音されておりトーマスがテロに巻き込まれた事を知る。オスカーにとってこの留守番電話に収められた肉声が父の最後の声となる。

そして9.11テロから1年が過ぎてもオスカーは留守番電話に入っていたトーマスの声が常に頭から離れずにいた。そんなオスカーはある日、以前から聞いていたトーマスのある言葉を思い出す。それは「太陽が爆発してもタイムラグにより8分間は世界は変わらず明るいままでいられる」という言葉だった。テロがあった日、トーマスからの留守電メッセージも同じ8分間であったことから、留守電ではあるが、その8分間交わした父との想い出が消し去られてしまうのではという猛烈な懸念に掻き立てられ、父との絆を維持しようとトーマスの遺品を探し始める。

オスカーは事件以来誰も開けていなかったトーマスのクローゼットを開け、中を弄っていると、しまってあった花瓶を誤って落とし破壊させてしまう。オスカーが花瓶の破片を片付けようとすると、傍にオレンジ色の封筒が落ちていた。封筒の裏には「ブラック」という文字が記されていて、中を見ると鍵が入っていた。

オスカーはそれらと父トーマスとの因果を解くために近所の鍵屋に行って鍵の手掛かりを探り、アパートの管理人に嘘を言って借りた電話帳から「ブラック」と印された名前を手当たり次第ピックアップした。「ブラック」に付随する該当者は472名に及んだ。

準備万端整えたオスカーはその鍵の持ち主であろう「ブラック」という人物を探し当てるために“調査探検ゲーム”の時に父から培った綿密な計画を立て人物探しの旅に出る。

ものすごくうるさくて、ありえないほど近いのレビュー・感想

子供を想う父と母、それぞれのもつ役割の難しさを痛感

恥ずかしながらアスペルガー症候群という病を初めて知りましたが、でもオスカーの行動力、貪欲な探究心には賢さと凛々しさを感じますね。特に父トーマスの子育てというか教育の素晴らしさに脱帽です。

今のご時世、子供たちは遊びと言えばゲームやスマホに没頭する事が多い中、オスカーが夢中になっていた、いわゆる体験型の遊びって絶対必要だなぁって感じます。結局子供の育成って、教育や環境次第って事になっちゃうんでしょうが、それと同時に、父と母、それぞれのもつ役割の難しさというのも考えさせられました。

大好きな面影だけを残し天国に行ってしまった父と、その父の想い出を執拗に追い求めようとする息子を心配する母親。どちらもオスカーを大切に思う親であるはずなのに「あのビルにいたのはパパではなくママならよかった」と言わせてしまった母リンダの気持ちはさぞかし惨めだった事でしょう。

些細な事から誤解を与え、子供の心を傷つけてしまうという正に子育ての難しさみたいなものを同じ子を持つ親として感じちゃいますね。

改めて感じる9.11の冷酷さと悲惨さ

そして衝撃的だったのは事件直後にトーマスが家に何度も電話をかけ、誰も電話に出ない中での“伝言メッセージ”かと思っていたら、実は最後の電話の時にオスカーは家にいて、それを傍で聞いていたという事実。それが物語の終盤で分る。更にオスカーがいると分かっていたトーマスがオスカーに自閉症を克服して欲しくて電話に出るよう必死にオスカーに呼びかけていた事も。

そして通話の途中トーマスの声が突然途切れるのと同時にワールドトレードセンターが崩れ落ちていく様子を捉えたニュース映像がオスカーが見守るテレビに映しだされるシーンがとても残酷でリアル。改めて9.11の冷酷さと悲惨さを感じますね。

そしてこの映画は脚本が素晴らしいんです。『フォレスト・ガンプ/一期一会』などを手掛けたエリック・ロスという人が書いたみたいですが、感慨深いセリフがいっぱい出てきます。特にオスカーが留守電で聞いたトーマスの最期の肉声を思い出し、父との絆を消すまいとする心の情景を「太陽が爆発した後の8分間・・・」というシナリオで例示するのですが、何を学んだらこんな上手い文章を思いつくのだろうと心酔しちゃいます。まあ、優秀な脚本家さんだから当然といえば当然なのでしょうが・・・

ラットレース

ラスベガスを舞台とした純粋に楽しめるロードムービー

2001年製作  アメリカ  112分

監督

ジェリー・ザッカー

キャスト

ローワン・アトキンソン  ウェイン・ナイト  キューバ・グッディング・ジュニア  ウーピー・ゴールドバーグ  ブレッキン・メイヤー  エイミー・スマート  セス・グリーン  ジョン・ロヴィッツ  ジョン・クリーズ  キャシー・ベイツ

撮影ロケーション・情景

ラスベガス  ホテル  砂漠  ヘリコプター  ニューメキシコ

ラットレースのあらすじ

ギャンブルの街ラスベガスのベネチアン・ホテルで何気にスロットマシンで遊んでいると「勝者のあなたへ」と刻まれた不思議なコインを当てる8人の男と女。彼らは一同ベネチアン・ホテルのオーナーで大富豪のドナルド・シンクレア(ジョン・クリーズ)に召集をかけられる。

そこに集まったのはシカゴから友人のパーティのためにやってきたニック(ブレッキン・メイヤー)アメフトの試合で不手際を起し世間の目から逃れるためにやってきたオーウェン(キューバ・グッディング・ジュニア)、カジノで詐欺を働こうとやってきたコディ兄弟、生き別れとなった娘との再会のためにやってきたベラ(ウーピー・ゴールドバーグ)、休暇で家族サービスのためにやってきたピア一家、イタリアからやってきたお気楽男のエンリコ(ローワン・アトキンソン)らであった。

集まった彼らを前にシンクレアはここラスベガスから905キロ先のニューメキシコ州・シルバーシティへ最初に到着した者に200万ドルをプレゼントするというレースゲームを持ちかけた。ゲームのルールを適当に説明するシンクレアは「ルールは?」と問われるとシンクレアは「ルールがないのがルールだ」と答えた。200万ドルという大金欲しさに目を輝かせる彼らは我先にとホテルを飛び出し様々な手段を行使しながら200万ドルを手にしようとシルバーシティへと向かう。

ラットレースのレビュー・感想

ラスベガスが舞台となる映画はいくつもあるけれど、ラスベガスや西部の大自然の余韻に浸りたくなったらいつもこの映画を観ちゃいますね。それくらいラスベガスのホテル部屋の様子や空港、ネバダ砂漠の土加減に至るまで、ラスベガスや近郊の情景が詳細に起用されている映画です。こういう映画って今までありそうで中々ないんじゃないでしょうかね。一言で言って純粋に楽しめるコメディロードムービーです。

ストーリーとしては賞金200万ドルという大金を目指してニューメキシコまでレースを競うという内容ですが、昔、子供の頃観ていたチキチキマシン猛レースを思いだします。みんな真っ直ぐ素直に向かえばいいのに欲をかいてすぐ脇道にそれちゃう。。まあ、人間の脳みそなんて、所詮自分の都合のいい情報だけを良しとし、要らないと思う情報は排除しようとする傾向にあるから仕方ないんでしょうが。

Mrビーンで人気の出たローワン・アトキンソンは相変わらずおもしろいけれど、立って寝てしまうという病(ナルコレプシー)を患っていながら、そもそも1000キロレースなんて最初から無理なのに、でもその辺が馬鹿馬鹿しくて面白い。

ブレーキ・ダウン

アリゾナの壮大な風景を楽しみたい人にオススメの作品

1997年製作  アメリカ  93分

監督

ジョナサン・モストウ

キャスト

カート・ラッセル  J・T・ウォルシュ   キャスリーン・クインラン  M・C・ゲイニー

撮影ロケーション・情景

アリゾナ Jeep 大型トレーラー  ピックアップトラック  Diner

ブレーキ・ダウンのあらすじ

アリゾナの砂漠の中を真っ赤なJeepに乗りサンディエゴへ向かうジェフ(カート・ラッセル)とその妻のエイミー(キャスリーン・クインラン)。ハンドルを握るジェフは運転中飲み物を取ろうとしてよそ見をした瞬間、前方からピックアップトラックが飛び出し、あわや衝突しそうになる。間一髪事故を免れたジェフは気を取り直し給油のためにガソリンスタンドに立ち寄った。ジェフがボンネットを開けエンジンルームを覗きこんでいると先ほど衝突しそうになったピックアップトラックの運転手がジェフに近づき文句を言う。

ジェフは「悪ければあやまる。ケンカはお断りだ」と運転手を宥めた。ブツクサ文句を言いながら去っていく運転手の姿を見た妻のエイミーは「何かあったの?」とジェフに聞くと「さっき衝突しそうになった運転手が文句を言いに来た」と告げる。ジェフは一刻も早くこの場から離れようとエイミーに車に乗るよう促しジェフのJeepが再び走り出す。

猛スピードで車を走らせるジェフに「レースでもするつもり?」とエイミーが嗜めた。

ジェフがしばらく車を走らせていると突然警告灯が点灯し車が砂漠のど真ん中で止まってしまう。焦るジェフが携帯電話でロードサービスに連絡をしようとしたが、砂漠のど真ん中ということもあり電話は圏外で繋がらない。エンジンルームを覗き埒が明かずにいると、さっきの言いがかりをつけたピックアップトラックがけたたましくクラクションを鳴らし追い越していくが、トラックはしばらくして止まりジェフたちの様子を不気味に窺っていた。

そこに大きなトレーラーが通りかかる。ジェフたちはトレーラーに手を振り助けを求めると親切にもトレーラーは停車し中から運転手ウォーレン(J・T・ウォルシュ)が降りてきた。ウォーレンは「取り敢えず車を端に寄せよう」と車を押すのを手伝った。ウォーレンは手慣れた様子でボンネットを点検すると「オーバーヒートだろう。この先にある「ベル」というレストランがあるからそこで電話を借り修理屋に電話するといい」と提案した。

しかしジェフは「冷やせば大丈夫だろう」とウォーレンの親切を拒んだが、暑さに参っていたエイミーは「私がレストランに先に行って修理屋に電話をするわ」といいウォーレンのトレーラーに乗り込む。ジェフは一人砂漠に残り車が冷えるのを待つ間、何気にエンジンルームを覗きこむとエンジン下に一本の垂れ下がった線を見つけた。ジェフがそれをコネクタに差しこむと、あっさりとエンジンがかかり、ジェフは歓喜の声をあげる。

大急ぎで車を走らせジェフはベルに向かったがベルに着くとエイミーの姿が見当たらない。ジェフが店主に「女房が来ているはずだが・・」と聞くが「そんな女性は見ていない」と店主は答えた。ジェフは他の客にも聞いて歩くが誰もエイミーを見た者はいなかった。

ここにエイミーがいないと分かると、ジェフはひとつ先の隣町まで探しに行こうと再び車を走らせた。するとウォーレンのトレーラーが前を走っているのが見えた。猛スピードでトレーラーを追うジェフ。トレーラーに追いつくとジェフはクラクションを鳴らしトレーラーを制止しようとしたがトレーラーは止まる気配を見せない。ジェフはトレーラーの前にJeepを割り込み無理やりトレーラーを停止させた。運転していたのはやはりウォーレンである。ジェフはウォーレンを問い質すがウォーレンはエイミーという女性など知らないと白を切る。丁度そこにパトカーが通りかかった。ジェフは大慌てでパトカーを止め警察官に事情を話すと警官はトレーラーの荷台を調べ始める。

しかしウォーレンのトレーラーには荷物ひとつ積まれておらず怪しい点がなかったため警官はウォーレンを行かせてしまう。ウォーレンを放免した警官にジェフは食ってかかるが、警官はジェフのいう事を信じようとせず、挙げ句には夫婦仲を疑いだす始末。いくらジェフが事情を説明しても埒が明かない中、パトカーに無線が入り警官は本部に呼び戻されジェフは八方ふさがりの状態で砂漠の中にひとり取り残される。

ブレーキ・ダウンのレビュー・感想

奥さんが連れ去られるあたりまでは無駄な展開がなく、ある意味単純でわかりやすい娯楽的な映画として入って行けるが、そこから先のストーリーの展開に少々ウザさが・・。

車の故障にしても線が外れていて差し込んだらエンジンがかかるというのはいささか単純ではないか?

ただ冒頭から映し出されるアリゾナの風景がとても綺麗で、絵図らとしてはとても楽しめる感じです。自分ももし、アリゾナに行ったらフェニックス辺りからレンタカーを借りて景色を楽しみながら観光するのもいいのではと思ってしまうほど景観が楽しめる映画ですが、あんな砂漠のど真ん中に取り残されもし暴漢にでも出くわしたらあちらは銃社会ですし、回りに助けてくれる人もいないからやっぱり怖いって思ったりもしますが。

ストーリー的には先述したとおり少々矛盾を感じてしまうところが。電話をかけるために旦那をひとりおいて他人のトレーラーに乗り込むなんて無用心にもほどがある。誘拐した目的がお金目当てと解った辺りから映画として少々つまらなくなります。犯人たちの策略のショボさというか、何でこんなに大勢でやるの?あえて複雑怪奇的な大計画に見せようとする魂胆が垣間見えちゃって、かえって映画をつまらなくしている感じ。

まあ、ストーリーにいくつか矛盾はあるものの先ほど記したように周りの景色が素晴らしいので単純に娯楽としてならそれなりに楽しめる。

余談ですがこのトレーラーの運転手ウォーレン役を演じたJ・T・ウォルシュはこの映画が公開された一年後に心臓麻痺で亡くなっちゃうんだよね。好きな俳優さんだっただけにそれを知った時はショックだったです。

ニューヨーク 眺めのいい部屋売ります

ニューヨークの住宅事情が垣間見れるほのぼのとした作品

2014年製作  アメリカ  92分

監督

リチャード・ロンクレイン

キャスト

モーガン・フリーマン  ダイアン・キートン  シンシア・ニクソン

撮影ロケーション・情景

ニューヨーク  ブルックリン  アパート

ニューヨーク 眺めのいい部屋売りますのあらすじ

アレックス・カーヴァー(モーガン・フリーマン)は画家をしながら愛する妻ルース(ダイアン・キートン)とブルックリンにあるアパートで暮らしてきたがエレベーターのないアパートで毎日5階まで行き来する事に負担を感じ始めていたカーヴァー夫妻はアパートの売却を考え始めていた。40年前、越してきたばかりのブルックリンは当時彼らの友人たちからも「ド田舎」と揶揄されるようなローカルな街であったが、近年は近代文明を象徴するアップルストアやオーガニック食品の店などが次々とオープンしおしゃれな人々がぶらつく街として名を馳せるようになり、カーヴァー夫妻の所有するアパートは100万ドルの値が着くのではといわれるほどになっていた。

ある日アレックスが愛犬ドロシーの散歩を終え部屋に帰るとアパートを売却するための内覧会を控えた妻ルースがその準備に追われていた。アパートの売却には不動産屋であるルースの姪リリー(シンシア・ニクソン)が絡んでいた。

ルースはアパートの売却に積極的であったが一方のアレックスは長年住み慣れた我が家を手放す事に少しためらいを感じていたため内覧会についても「物が盗まれる」「部屋を他人がいじりまわすのが気に入らない」などといって乗り気ではなかった。そんなアレックスをルースが宥めていると廊下で具合が悪そうなドロシーが寝そべっていた。ルースがドロシーを抱きかかえるとドロシーはキュンキュンと鳴きながら震えていたためアレックスたちは急遽ドロシーを動物病院へ連れて行く事に。この時も5階から階段でドロシーを抱きかかえて降りるルースは容易ではなくエレベーターのない事を改めてアレックスに嘆いた。二人はドロシーを抱えタクシーに乗り込むが丁度その頃マンハッタンでタンクローリーが立ち往生する事故が起こり周辺道路は渋滞となっていた。

やっとの思いで病院に着くと獣医からドロシーが椎間板ヘルニアの疑いがある事を宣告されCT検査を勧められる。その時アレックスは検査費用を獣医に尋ねるが「みっともない質問はしないで」とルースに制された。CT検査費用が1,000ドルかかると聞いたアレックスは躊躇するがルースは迷わず検査を承諾した。検査のためドロシーを一晩病院に預ける事になった夫妻は仕方なく帰るが、帰りの途中でも治療費の事で愚痴るアレックスとドロシーの安否を気遣うルースは口論になった。

家に着いてもルースはインターネットで犬の椎間板について調べドロシーを案じてやまなかった。

内覧会に備えルースは部屋の隅々を掃除していた。しかし先ほどのタンクローリーの事故は単なる事故ではなくテロ事件であったため街の混乱は収まらず、掃除に精を出すルースに「内覧会には誰も来ない」とアレックスは呑気に構えていた。そもそもアレックスは自身が描いた作品をリリーから「ガラクタ」と揶揄されていたため気に入らず、今回の不動産売却にそのリリーが絡んでいたのでなおさらだった。

しかしそんなアレックスも自分のアトリエを整理している内に自分がルースに対して何を残してあげられるかを自問自答するようになり、今回のアパートの売却もルースの好きなようにさせようと考えるようになる。そんな矢先、ルースの元に獣医から電話が入った。ドロシーが落ち着いたので明日朝一番で手術をしたいとの連絡である。手術は1万ドルかかるため獣医は施術の意思をルースに確認するが、あまりの大金に驚いたルースはアレックスに電話を換わり判断を委ねた。電話を換わったアレックスは「ドロシーの命が助かるなら何でもしてくれ」と獣医に答えた。

内覧会の当日、早速一組の夫婦が内覧に訪れた。夫婦は些事にこだわりケチを付けながら部屋を見歩いた。そしてアトリエで絵を描くアレックスの部屋に行くと「こんな質素な暮らしをするのも悪くない」と皮肉った。一組目の家族が帰り二組目の家族が内覧しに来た。家族の娘がアレックスのアトリエにやってきて「どうして家を売るの」と尋ねる。アレックスは「言い質問だ」といったがその真意を答えられなかった。皆、勝手気ままにアパートを批評したがアレックスのアトリエだけは「眺めがいい」と誰もが誉めてくれた。

翌日不動産屋のリリーから昨日訪れた一組の家族がオファーしてきたと告げられる。価格は85万ドルという。価格の下落はテロ事件がいささか関係していた。85万ドルのオファーに売ろうか否か焦るルースにアレックスは「安すぎる。テロ事件が収まれば元の値に戻る」と待ったをかけた。カーヴァー家に着いたリリーは87万5000ドルで交渉しているから今すぐ返事を欲しいと迫った。更に他からも88万5000ドルのオファーが入った。拝金主義が見え見えで、商売っ気をあらわに売却を急がせるリリーの態度にカーヴァー夫妻はいささか嫌気を感じ始めていた。

ニューヨーク 眺めのいい部屋売りますのレビュー・感想

派手なアクションシーンもなくストーリーとしても比較的シンプルな内容ですが相変わらずぶきっちょな生き方を演じるのがとても上手いモーガン・フリーマンと気取らない女性らしさを醸し出すダイアン・キートンの夫婦愛がいい。

映画そのものもさることながらアメリカニューヨークの不動産事情に興味のある人にとっても面白い映画だと思う。ただ街並みや情景はニューヨークといってもマンハッタンではなくちょっとばかり寂しいブルックリンが大半のロケーションとなっているのであしからず。

ストーリー的には老いを感じ始めた夫婦がエレベーターのないアパート暮らしに不自由さを感じはじめ、アパートを売却し新天地で暮らす計画を立てるという話。

ただ、そのアパートに40年以上暮らしたという事は建設されたのはそれ以上前。それでもそのアパート物件の評価額が100万ドル(約1億円)っていうから不動産価値のレベルが違う。

アパートというと日本では「コーポ」的な1~2DKくらいの狭苦しい部屋を想像するでしょうが、アメリカの場合、アパートというと日本でいうマンションクラスを指し、賃貸となるとニューヨークの隣町ニュージャージー辺りでも1LDKクラス30万/月が最低家賃だそうで、それこそ日本だったら都内のタワーマンションに住めるくらい高価なのだそうです。(以前ニューヨークに旅行に行った時ツアコンの人が力説してました)

劇中でもカーヴァー夫妻が新しいアパートを探しに出かけるシーンがあり、部屋を覗くと天井が高いせいか「狭い」とされるお部屋も日本の「それ」とはレベルが違う事に驚かされます。

エンディングに流れるマンハッタンの景色も壮大で大都会ニューヨークを見せつけられた感じです。

ジャッキー・ブラウン

クエンティン・タランティーノ監督の3作目ハードボイルドサスペンス

1997年製作  アメリカ  154分

監督

クエンティン・タランティーノ

キャスト

パム・グリア  サミュエル・L・ジャクソン  ロバート・フォスター  ロバート・デ・ニーロ  ブリジット・フォンダ  マイケル・キートン クリス・タッカー

撮影ロケーション・情景

ロサンゼルス空港  ロサンゼルス  ショッピングモール  ビーチハウス  キャビンアテンダント   FBI捜査官  アメリカのデパート

ジャッキー・ブラウンのあらすじ

メキシコのカーボ航空で20年近く勤務するスチュワーデスのジャッキー・ブラウン(パム・グリア)は安月給からの生活苦により裏で武器商人オデール(サミュエル・L・ジャクソン)から売上金の運び屋を請け負っていた。ある日フライトを終え空港の駐車場を歩いていたジャッキーは突然声をかけられた。ロサンゼルス市警のマーク・ダーガス(マイケル・ボーウェン)である。ダーガスは唐突に「バックの中身は?」とジャッキーに尋ねるがジャッキーは「私は客室乗務員よ。変なものはないわ」と否定する。

ダーガスと一緒にいたFBI密輸品捜査官のレイ・ニコレット(マイケル・キートン)が荷物検査をしようとするとジャッキーはそれを拒否するが捜査に協力しなければ被疑者として逮捕すると脅されジャッキーは仕方なく荷物検査に応じる。ジャッキーの鞄をダーガスたちが調べていると中から黄色い封筒に入った多額の現金が見つかりジャッキーは逮捕されてしまう。

署に連行され過去の犯罪歴を調べられたジャッキーには過去デルタ航空時代にパイロットの元夫に頼まれ麻薬を運んだ事を指摘された。この件でジャッキーは実刑は免れたものの大手航空会社から追放される事態を招いてしまったのである。ジャッキーはニコレットから「ボーマン・リヴィングストンという男を知っているか?」とも聞かれた。

ボーマンは何者かに銃で射殺され今朝車のトランクで死んでいるのを発見された男であった。ニコレットは「君はボーマンを知らなくてもボーマンは君を知っていたぞ」といってジャッキーに迫るが実はニコレットたちが追っているのはジャッキーではなく武器密売人であるオデールだった。ジャッキーはオデールの捜査に協力すれば無罪放免で釈放してやると司法取引を持ちかけられたがジャッキーは協力を拒み収監され裁判所で保釈の審理を受ける事になる。

この時裁判所でその様子を傍聴していたオデールは裏で1万ドルの保釈金を用立てジャッキーを保釈させた。保釈されたジャッキーを食代えに来たのはオデールから依頼を受けた保釈保証業者マックス・チェリー(ロバート・フォスター)である。ジャッキーは迎えに来たマックスの車に乗り送ってもらうが途中ジャッキーが煙草を吸いたいと言いだし二人はジャッキーの家の近くにあるホーソンというバーに立ち寄った。マックスは過去の自分の仕事ぶりを誇り顔で語り、ジャッキーは身の上話をマックスに語り始めた。ジャッキーが少しずつマックスに心を開き始めるとマックスは過去の経験をいかしジャッキーに何でも相談に乗るからと約束をする。

ジャッキーは逮捕され取り調べを受けた時に捜査官から言われた量刑が妥当かどうかマックスに質問した。マックスは懲役5年を示唆した捜査官たちの見解に対し「たとえ実刑であったとしても2~3カ月の懲役と1~2年の保護観察処分で済むはず」と答えた。

そしてジャッキーはマックスと話をしているうちに彼女の情報を捜査官にタレこんだ男がボーマン・リヴィングストンである事とボーマンがオデールの手下であり口封じのためオデールに射殺されたことを知る。

ジャッキーが保釈されたことを知っていたオデールは今度はジャッキーの口封じをするため彼女の家を訪れる。

オデールはあからさまに「保釈金を払ったことに対し礼はないのか」と嫌味を言いいながらジャッキーが自分の事を捜査官に洩らしていないか事細かにジャッキーの腹の内を探った。ジャッキーは「そんな質問は見当違いよ」と言ってオデールに銃を向けソファーに座らせた。銃を向けられ手も足も出ないオデールに対しジャッキーはある取引を持ちかける。それはオデールを“売らない”代わりに懲役にいく対価として10万ドルを振り込ませ、更に懲役が1年増せば更にもう10万ドル振り込ませるというものであった。

オデールはジャッキーの条件を呑んだが「俺の金はメキシコにある」と猶予を求めると

ジャッキーはオデールに「大丈夫。それについては名案があるの」と仄めかしオデールを帰した。

ここからジャッキーは親しくなった保釈保証業者マックスと手を組み人生をやり直すための一攫千金の計画を実行することになる。

ジャッキー・ブラウンのレビュー・感想

ボビー・ウーマックの「’Across 110th Street’」にのせてジャッキーがエスカレーターで仕事場に向かうシーンが冒頭から始まり映画を観る時のあの独特なぞくぞく感がハイテンションな気分にしてくれます。僕は空港に行くとなぜかこの歌を自然と口ずさんでしまうんですよね。タランティーノの作品ってこういうかっこいい音楽が上手に使われている事が多いです。

今はキャビンアテンダント というのでしょうが、昔スチュワーデスって言ったら誰もが羨む花形職業だったはずですが、ジャッキーは19年もこの業界で働いてきたのに年収たったの16000ドルというケチな航空会社でこき使われている。ジャッキー制服に貼られた「CA」というワッペンみたいなものがいかにも三流の航空会社らしくてダサくて大胆。

サミュエル・L・ジャクソン演じる武器商人オデールはとても残虐なんだけれど何となく小心者で大物を気取る割には単なるどチンピラっていう感じ。銃のデモテープを観ながらルイス(ロバート・デ・ニーロ)に銃の講釈を垂れるシーンでメラニー(ブリジット・フォンダ)から「ただの受け売りよ(知識が)」と見下されるシーンにオデールの“小物”ぶりが窺えるんだけれど、こういう“受け売り”を必死に言う人ってよくいるよね。本人は見透かされているって事気付かないんだろうな。

それと主役でもなくオデールの相棒役で出演するロバート・デ・ニーロはボス役であろうがヘタレ役であろうがいつもながら上手な役作りをますね。同人に対局する役を演じさせたらデ・ニーロ以上の役者なんていんじゃないの?って思わせるくらい上手い。

あとジャッキーに恋した保釈業者マックスがキュートでいいですね。危険な仕事に携わり、いい歳したオッサンなのに恋心の抱き方がまるで中学生レベル。でも純粋というか無垢な感じがとてもいいし、憎めないですね。

フォードvsフェラーリ

“打倒フェラーリ”を誓いル・マン24を制する二人の男の物語

2019年製作  アメリカ  153分

監督

ジェームズ・マンゴールド

キャスト

マット・デイモン  クリスチャン・ベール  ジョン・バーンサル  カトリーナ・バルフ  トレイシー・レッツ  ジョシュ・ルーカス  レイ・マッキノン

撮影ロケーション・情景

自動車レース  レーサー  自動車整備工場  フォード フェラーリ  アメリカ企業

レース参加に否定的だったヘンリー・フォード二世にル・マン24時間レースの参戦を説得したリー・アイアコッカという人の仕事っぷり

YouTubeで解説します

映画の予告編はこちらから 

フォードvsフェラーリのあらすじ

かつてレーシングドライバーとして活躍していたキャロル・シェルビー(マット・デイモン)は1959年のル・マン24時間レースで優勝し栄光を輝かせていたが持病である心臓病が悪化しレースドライバーの引退を余儀なくされ「シェルビー・アメリカン」という工房を営み理想のスポーツカー造りに精をだす日々を送っていた。

「シェルビー・アメリカン」はたくさんのセレブを顧客にもち、経営に携わるシェルビーもカーデザイナーとしても順風満帆な人生を送っていた。しかしそんなシェルビーは過去のレーサーとしての輝かしい日々が忘れられずにいた。

ある日シェルビーがとあるレースの観戦に出掛けるとそこにケン・マイルズ(クリスチャン・ベール)がレース参戦にきていた。

マイルズはかつてイギリスでレーサーとして活躍していたが第二次世界大戦の終結と共に家族を従えアメリカに移住し自動車整備工場を営みながら時折好きなレースに参戦していた。レーサーであるマイルズの整備技術は一般人からするとコアな仕上がりとなることが多くマイルズ自身が変わり者という性格も相まって工場経営は決して順調とは言えなかった。しかし車に対する愛情とこだわりは人一倍あり、息子や妻からは敬服され幸せな家庭を築いている男であった。

レース観戦をしにきたシェルビーのところにブルモス・ポルシェの責任者Dヴォスがやってきてポルシェのレースドライバーを探している事を告げる。シェルビーは61年のUSOC王者でパイクスピークでも優勝を遂げたマイルズを推薦した。しかし周りの取り巻きらはマイルズは気難しいから関わらない方がいいとDヴォスに忠告する。シェルビーは「そんなことはない」とマイルズをかばうが隣でレース主催者と問答している男がいた。マイルズである。マイルズは主催者側からトランクが閉まらない事を指摘されレース出場の失格を告げられ主催者側とトラぶっている所だった。シェルビーが間に入り和解させようとするが短気なマイルズは興奮し、トランクを無理やり叩いて閉めようとしレースの出場権を得ようとした。

そんなマイルズの様子を見ていたシェルビーは彼に「ブルモス・ポルシェが君を欲しがっていたが扱いづらいと言っていた」と忠告する。マイルズはそんな事関係ないと言わんばかりの態度でシェルビーの忠告を無視した。シェルビーはマイルズに「プロは皆車を持ってる。スポンサーなしでは車は手に入らない」とマイルズに丸くなるよう挑発するが、マイルズは聞く耳を持たず、それどころか怒ってシェルビーにスパナを投げつけた。

ほどなくしてレースがスタート。コブラのハンドルを握るマイルズは持ち前の度胸と巧みな運転技術で先頭を走っていたガーニーのコルベットを抜き土壇場の大逆転で優勝を果たす。レースを静観していたシェルビーは改めてマイルズの凄さを目の当たりにし、彼に敬意を抱くシェルビーは投げつけられたスパナを持ち帰りオフィスに飾った。

しかしその一方、マイルズの留守中、工場に2人の男がやってきた。国税庁である。マイルズは税金を滞納していて整備工場を差し押さえられてしまう。妻モリーに今後の行く末を問われたマイルズはレースを諦め堅実に働くことを約束する。

1962年アメリカの巨大自動車メーカーフォード・モーターの販売促進チームはこれからの自動車需要の拡散と若者におけるトレンドを視野に入れ、魅力的で速い自動車を製造するために自動車レースの参戦を提言した。しかし会長であるヘンリー・フォード二世及び経営陣たちはレースへの参戦には否定的だった。参戦を提言した販売促進チームの過去3年間の販売不振が尾を引いており、彼らが提唱する内容に信憑性が感じられなかったからである。しかし販売促進チームを率いるリー(ジョン・バーンサル)は伝統的レース「ル・マン24時間」で過去4回もの優勝を成し遂げたイタリアの自動車メーカーフェラーリを引合いにだし「彼らに学ぶべきだ」と言って経営陣に食い下がった。

そしてフォードの経営陣たちを説得したリーは早速フェラーリ本社へ赴く。この頃のフェラーリは自動車づくりの歴史に燦然と輝く一方、経営的には破産寸前だった。フェラーリの工場を隅々まで視察したリーは思い切った行動に出る。何とエンツォフェラーリに買収を直訴したのだ。エンツォはリーに「少し考える時間を」と結論を避けた。

数日M&Aの内容を検討していたエンツォだったがレース部門の支配権をフェラーリ側に与えるとしながらも「フォードがレース部門を退く意向を示した時にはそれに従う」というフォード側の条件に対し、レース至上主義であるエンツォは技術者としての誇り、イタリア人としての誇りを傷付けられたと憤慨し土壇場になってリーの話をはね付けたばかりか、フォード社、そして会長ヘンリー・フォード二世の人格までも酷評した。

リーがアメリカに戻ると「フィアット社フェラーリを買収」という新聞の見出しが世間を賑わせた。実はエンツォははなからフォードとの合併は本気ではなく、裏でフィアットに高値で買わせるためにフォードをダシに使ったのである。

買収に失敗したリーたちをヘンリー二世が呼び出し、エンツォがどんなことを言っていたのか詳細に報告させた。リーはエンツォが酷評したとおりの言葉でそのままヘンリー二世に伝えるとヘンリー二世は憤慨し「最高のエンジニアを集めろ」とリーたちに指示した。ヘンリー二世が“打倒フェラーリ”を決意した瞬間である。同時にヘンリー二世は最高のドライバーも集めるようリーに加えた。レースで勝利するためには優秀なドライバーが必要になる事を熟知していたリーにとっては目論み通りであった。

更にリーはレースで勝利するためには優秀な監督が必要という事も心得ていたため以前から仕事上関わりを持っていたシェルビーに「唯一、ル・マンで優勝を果たした米国人」として白羽の矢をたてた。シェルビーはこれを快諾した。早速シェルビーはマシン開発に欠かせないテストドライバーとしてマイルズに声をかけた。

マイルズは「フェラーリを負かす?冗談はやめてくれ」と冷ややかだったがそれでもシェルビーはマイルズに拘り「次の日曜日、マスタングの発表会でレース計画の発表があるから来い」とマイルズを誘った。

発表会の当日。マイルズは息子ピーターを連れ会場を訪れた。フォードの目玉として展示されたマスタングを見るなりマイルズは「秘書が乗る車だ」と揶揄した。息子ピーターがマスタングを触り中を覗いていると副社長のレオ・ビーブ(ジョシュ・ルーカス)が「触らないでほしい」とピーターに注意した。そしてマイルズが父親だと分かると「塗装が汚れるので触らせないでほしい」と口うるさく念を押された。注意した相手がフォードの副社長だと分るとマイルズはお返しとばかりに「ムスタングの外見は素晴らしいが中身がなってない」とレオに忠告する。さらにマイルズは「直列6気筒エンジンと3速ギアは廃止すべし」「ホイールベースの短縮で軽量化するべし」などと散々酷評したあげく「そうなっても自分はシボレーを選ぶよ」とレオをこき下ろした。

発表会ではレース計画に際しシェルビーのスピーチが予定されていた。シェルビーは世界一速い車づくりへの情熱、そしてル・マン24時間レースでの優勝の可能性について熱弁するも、自動車レースに見切りをつけていたマイルズはスピーチの途中帰ってしまった。

それでもマイルズを諦めきれないシェルビーはマイルズの自宅にまで押しかけ「30分だけ付き合ってくれ」とマイルズに懇請し、イギリスから空輸されてきたばかりのフォード・GT40の試乗につき合わせた。GT40のハンドルを握ったマイルズは試乗後シェルビーから感想を問われると、ギア比の高さ、ステアリングの甘さなどいくつもの解決すべき問題点をシェルビーに進言するがGT40の圧倒的な速さに魅せられ満更でもない様子だった。

翌日マイルズは昨晩シェルビーと一緒だったことを妻モリーに問われた。またレースにのめり込むのではと危惧するモリーに対しマイルズが真相をはぐらかそうとすると突然モリーは「嘘は許せない。あなたの本音が知りたい」と怒りだした。マイルズはその言葉が心に刺さりシェルビーを通じてきていたフォードからのオファーについて話しはじめた。マイルズはモリーにオファーの内容を説明し、それでも「まだ迷っている」と告げると、モリーは「馬鹿じゃないの?」と言ってマイルズの背中を押した。

モリーの後押しもあり、気持ちが吹っ切れたマイルズはシェルビーと手を組みレース界に舞い戻る決心をする。

しかしそれもつかの間、フォードの経営陣たちはル・マンのレーシングドライバーとしてマイルズを快く思っていなかった。特に副社長のレオはことのほかマイルズを嫌っており「マイルズではフォードの信頼が崩れる」といってマイルズをレーサーとして受け入れようとしなかった。そんなレオに対してシェルビーは「マシンを最も理解する男」といってレオを諭すがレオは聞く耳を持たなかった。

ル・マンでのドライバーとしての参戦ができない事を告げられたマイルズはアメリカの工場に留まり、妻モリーと共にラジオでレース中継を聴くことになる。

結局GT40はル・マンで善戦するもマイルズが指摘していたギアボックスの弱さが的中しフォードは出場全車がリタイヤするという惨敗を喫してしまった。フォード本社を訪ねレース結果をヘンリーに報告しに来たシェルビーはレースの惨敗振りに怒り心頭のヘンリー二世から開口一番「赤っ恥をかかされてもお前らがクビを切られない理由があったら言ってみろ」と叱責される。それに対しシェルビーは現場から会長への意思伝達が何人もの役職者を介す事で複雑になり、それによってよからぬ横槍が入りよい結果をも阻害するというフォードの委員会組織を批判しヘンリー二世に直訴した。

ヘンリー二世はシェルビーの意見を聞き入れ、以降、レースのプロジェクトチームはヘンリー二世の直轄下に置き、指揮系統を明確にすることで彼に再度レースを任せた。ヘンリー二世が後ろ盾となったシェルビーは意気揚々となって再びマイルズを訪ねた。

フォードvsフェラーリのレビュー・感想

主人公であるキャロル・シェルビーとケン・マイルズの関係が素晴らしく、もちろん感銘を受けたけれど、一方で先見の明をもち自動車の販売戦略に異論を呈したリー・アイアコッカも凄くいい仕事をしていて陰ながら光っていたなぁというのが僕の率直な感想です。

どんなに上手い言葉で経営陣を説得しようとしても過去の実績の不甲斐さを指摘されればとたんにショボ~ンとなってしまうのが常だけれど、フォードの経営陣にレース参戦を提言し納得させたリー・アイアコッカの言葉には重みがあり凄い説得力がありましたね。さすが36歳という若さでアメリカの巨大企業フォードの副社長に上り詰めただけの事はあります。

脚本もビジネス戦士を漂わせた素晴らしい出来栄えで単にレースの勝ち負けで終わらない凄く重みのある映画に仕上がっているという感じです。ただ、もう少し企業間の戦略の描写というか細かなエピソードみたいなものをもう少し加味してもらうと嬉しかったですね。

自動車ってただ速く走ればいいってものではない事くらいは薄々わかってはいるけれど、いい車を決定づける要素って思った以上に沢山あるんだなという事を凄く痛感させられました。エンツォフェラーリの車作りに対する情熱とマインドがまた凄い。さすがフェラーリ。

自動車って所詮は工業製品。車の質を徹底的に追及すればフェラーリみたいな企業は量産は難しいだろうし、大量生産を誇るフォードがフェラーリの真髄にどのあたりまで迫ろうとしていたのか、ル・マンを制した唯一のアメリカ車という冠がその後どのような影響をもたらしたのかという素朴な疑問が少々残りましたが、とにかくシェルビーとマイルズの友情が素晴らしく、そしてたくましく育つ息子ピーターの姿に感動です。

イエスマン “YES”は人生のパスワード

“人生誰と出遭うか何と出遭うか”の重要性を気付かせてくれる映画

2008年製作  アメリカ  104分

監督

ペイトン・リード

キャスト

ジム・キャリー  ズーイー・デシャネル  リス・ダービー  -ブラッドリー・クーパー  ジョン・マイケル・ヒギンズ  テレンス・スタンプ  ダニー・マスターソン  フィオヌラ・フラナガン

撮影ロケーション・情景

ロサンゼルス 啓発セミナー ガソリンスタンド  スクーター  BMW3  銀行マン  公園  昇進  アメリカの片田舎  空港

イエスマン “YES”は人生のパスワードのあらすじ

ロサンゼルスで銀行に勤務するカール(ジム・キャリー)は3年前の離婚を引きずり全ての物事にたいして“NO”というネガティブな生き方をしていた。仕事上融資担当をしているが顧客の融資申請においても全てにおいて“NO”と却下し、友人からのパーティーの誘いや社会人としての人との付き合いにもとても消極的だった。

ある日カールは銀行のエントランスで友人ニック(ジョン・マイケル・ヒギンズ) と遭う。ニックはカールに「イエスマンになって人生が変わった」といいカールにもイエスへ入会するよう怪しげなセミナーの冊子を渡した。

それから数日後、相変わらずネガティブ生活を送るカールはある日、友人ピーター(ブラッドリー・クーパー)とルーニー(ダニー・マスターソン)がやってきてカールの人付きあいの悪さに陰口を言い去っていくという変な夢をみる。このままではいけないと自分を奮い立たせたカールは先日ニックから貰ったセミナーの冊子を思いだしセミナーに出かける。セミナーではイエスの教祖的存在であるテレンス(テレンス・スタンプ)がイエスという言葉の大合唱と共に颯爽と登場する。テレンスはビギナー参加者であるカールに目をつけ彼の隣席にやってきて“イエスマン”につい諄々と説いた。そしてカールはテレンスからネガティブ思考を指摘され今後一切“NO”と言わないよう誓いを迫られた。カールはテレンスの強引な言いっぷりに圧倒され、その場の雰囲気に押されるが、カールは“イエス”の誓いを立てるフリをしてその場をやり過ごした。

セミナーが終了し車で帰ろうとするとカールの元へホームレスがやってきてエリシアン公園まで乗せて欲しいと言う。返答に困っていたカールの所に一緒にセミナーに参加していたニックがやってきて「もちろんイエスだろ?」と煽り付けた。雰囲気に流されカールは仕方なくホームレスを乗せると今度は「ケータイ貸して?」や「お金貸して?」など図に乗った要求を次々としてきた。「もうどうにでもなれ」とばかりにカールは彼の要求に全て“イエス”で受け入れた。

公園に着くとカールはホームレスを降ろし引き返そうとするが途中で車がガス欠に。仕方なくカールはポリタンク片手に歩いて近くのガソリンスタンドに。するとそこにスクーターに乗ったアリソン(ズーイー・デシャネル)が給油にやってきた。“イエス”セミナーの余韻で独り言をつぶやくカールを、もの珍しく感じたアリソンはカールの写真を撮った。彼女は写真が趣味だった。給油をしながら二人は会話を交わし気心を通わせる。給油を終えたカールはアリソンのスクーターに乗せてもらい車まで送ってもらうがアリソンはスクーターを運転しながら片手運転でカメラを握り夜の街を疾走する仲睦ましいふたりを自撮りした。

車の置いてある場所に着くとカールはアリソンに恋心を囁きアリソンはカールにキスをした。それからというもの、カールは美しいアリソンに出会えたのは“イエス”に参加した事で、ポジティブな考えを持つようになった自分の心の変化が幸運をもたらしてくれたものと思うようになり次第に“イエス”の精神にのめり込んでいく。

イエスマン “YES”は人生のパスワードのレビュー・感想

気持ち的にとてもポジティブになれるいい映画です。大人に限らず小学生くらいの子供が観てもいいかなって思う映画ですが、ただ劇中カールと同じマンションに住むお婆さんとの下品な絡みがあるので如何なものか?と・・・

お婆さんの家の棚を作ってやったお礼は別な方法で表現して欲しかったですね(笑)。

この映画、自分の心の持ち方・考え方次第で人生は変わっていくという話ですがニックが「絶対後悔しないからセミナーに来い」とカールを啓発セミナーに誘いますがカールは初めはその気にならない。ビジネスでも何でもそうですが相手のためを思って言っているのに相手がそれを理解してくれない事ってがよくあります。それはそういった話が誰から来たのかという事が実はかなり重要で結果を大きく左右する。

人生誰と出遭うか何と出遭うか」というのはとても重要で、カールはニックと出遭い“イエス”の精神を崇拝するテレンスのセミナーと出遭って大きく人生を変えました。先述したように巷では「〇〇すれば人生が変えられる」だとか「〇〇でお金の心配から解放!」みたいな話で溢れていたりするけれど、それらの中身の信憑性はともかく、どんなにいい話でもその話が誰から来たのかっていう事が人にとっては凄く重要で、如何にいい話でも嫌いなやつから来た話なんて誰も聞く気にもならないし、たとえ人生が変わる話と解ったとしても「お前という人間のフィルターを通して成功話を聞きたくない」というのが誰でも本音にあると思う。だからこそ普段からの人との付き合い方って凄く大切なんだって思います。

結局カールに“イエス”の話を持ってきてくれたニックという男の人間性がよかったからこそカールは耳のシャッターを開けたのだと思うし、自分のマインド次第で人生は変えられるという事を痛切に感じました。正にウイリアム・ジェイムズが言った

・心が変われば行動が変わる。

・行動が変われば習慣が変わる。

・習慣が変われば人格が変わる。

・人格が変われば運命が変わる”

といった所でしょうか。

ハリーとトント

老人と愛猫の旅を通じて人との出会い・家族の絆を繊細に綴ったロードムービー

1974年製作  アメリカ  115分

監督

ポール・マザースキー

キャスト

アート・カーニー  エレン・バースティン  ラリー・ハグマン  ジェラルディン・フィッツジェラルド  チーフ・ダン・ジョージ

撮影ロケーション・情景

70年代ニューヨークマンハッタン  アパート  空港  グレイハウンド  シボレーベルエアー  モーテル  アメリカ郊外  アメリカ片田舎  シカゴ  老人ホーム  アリゾナ  ラスベガス  ロサンゼルス

ハリーとトントのあらすじ

ニューヨークマンハッタンのアパートに住むハリー・クームズ(アート・カーニー)は妻に先立たれ息子や娘は独立し愛猫トントと静かに暮らしていた。ハリーはトントを溺愛しており「食べる事は猫の最大の楽しみ」を信条に自分の食事は粗末でもトントにはいつも上等なものを食べさせていた。

ある日ハリーは自身の住むアパートが駐車場となるため強制的に退去させられることになるがハリーは強制退去に応じようとしなかった。強制執行の当日駄々をこねるハリーの元に長男バート(フィル ・ブランズ)がやってきて「一緒に住もう」とハリーを説得した。

バートの車に家財道具をけん引させトレーラーに積みバートの家がある郊外へと向かう。しかし新しい棲家に気が立つトント。そしてハリーもどことなくバートの家の雰囲気に馴染めず、シカゴに住む娘のシャーリーマラード(エレン・バースティン)を訪ねようとトントを連れて旅に出る決心をする。

シカゴに向う際、ハリーはバートに空港まで送ってもらうが空港での手荷物検査でトントが手荷物として同乗できないと分かると急遽空路をやめ、イエローキャブ(タクシー)、グレイハウンドバス等乗り継いでシカゴへと向かう。

バスに乗ると相席の男が美味そうにホットドッグを食べていた。物欲しげな顔でハリーとトントが覗いていると男は「食うかい?」とハリーに言うがハリーは「猫が空腹でね」と言ってトントに分け与えてもらった。

暫くするとトントが用を足したくなり車内のトイレに連れて行くが慣れない環境に用を足せないトントを気遣い無理やりバスをとめ草むらにトントを放した。しかしトントは用の足し場を探しハリーの元を離れるとトントがいなくなり、ハリー達を待ちきれないバスは彼らを置いて出発する。

バスに置いて行かれたハリーとトントがしばらく田舎道を歩いていると中古車販売店を見つけた。そこでハリーは250ドルの中古車を買い、シカゴへと向かうがハリーの運転免許証は1959年に失効していた。

ハリーとトントのレビュー・感想

70年代の少々古いアメリカ映画ですが、ハリーという老人と愛猫の旅を通じて人との出会いや家族の絆を繊細に綴った作品でとても面白みのあるロードムービーです。ハリー役のアート・カーニーが撮影当時56歳で72歳の役をやったわけですが、いぶし銀の巧みな演技で脚の不自由さや息切れする様子など老いた見せ方がとても細かいですね。結局本作品でアート・カーニーはアカデミー賞主演男優賞を受賞したようですが、できればトントにも授与して欲しかったと思うくらいこの猫もいい演技をします。

前半、ハリーの友人が亡くなり霊安室で対面を果たしたハリーが壁にもたれて涙する場面は下手なお葬式シーンなんかよりもハリーの淋しい心の底が顕著に伝わってきて人間らしくてとてもいい。ハリーはシカゴに住む娘シャーリーに会いに行く際、空港まで息子バートに送ってもらい金銭の世話まで焼いてもらうのですが、親と子っていつの日か立場というか役目が逆転し、人は歳を重ねる毎に子供に返っていくんだなあという事を痛切に感じました。

また「アデライン、100年目の恋」でブレイク・ライヴリーの娘役(姿はお婆ちゃん)だったエレン・バースティンが凄く若い。(1974年の映画だから当然ですが)

僕がこの映画で印象に残っているのが頑固で変わり者だけれどとても優しいハリーの人柄。友人を亡くしたシーンもそうだったけれど、トントが大往生で息を引き取る際トントに詩を聴かせ“お別れだ”という場面はトントを心の底から可愛がり寝食を共にしてきたハリーだからこそ光るセリフ。優し人ってきっとこんな風に別れを告げるんだろうなっていうのを思わせる。

そして最後にハリーが海岸傍の公園でトントによく似た猫を見つけ砂浜まで後を追いながらトントの面影を被らせる場面があるのですが、そこで砂遊びをしている少女がいて彼女は砂で城を作りながらハリーを見てニヤッと笑い舌を出すのですが唯一その意味が???という感じ。

実はこの作品には特典映像としてポール・マザースキー監督の製作解説が収録されていてポール・マザースキー監督の解説によればトントに似た猫を夢中で追うハリーに対して消えた命は戻らない、死んだトントはもう戻る事はないという現実を、この少女の砂遊びの場面を使って表現したらしい。でもこの表現の仕方が到底凡人には思いもつかないだろうと思わせるほどとても洒落ているんです。少女が築く砂の城は未来を象徴していて少女は“これが人生よ”と言わんばかりに舌をだしたのだという。

この作品を観終わった後、ぜひポール・マザースキー監督の解説も聞いてほしいですね。とても奥の深い素晴らしい作品です。

グリーンブック

元ナイトクラブの“用心棒”と黒人ピアニストの旅を描いた実話

2018年製作  アメリカ  130分

監督

ピーター・ファレリー

キャスト

ヴィゴ・モーテンセン  マハーシャラ・アリ  リンダ・カーデリーニ

撮影ロケーション・情景

60年代ニューヨーク ホテル キャデラック  アメリカ南部

グリーンブックのあらすじ

人種差別が横行する1962年のニューヨーク。ナイトクラブ、コパカバーナで用心棒として働くトニー・“リップ”・ヴァレロンガ(ヴィゴ・モーテンセン)は店が改装工事のため閉店となり職を失ってしまう。

収入が途絶えたトニーのもとに運転手の職があるとの情報が入りトニーは面接を受ける。面接会場はカーネギーホールの最上階にあるドクター・ドナルド・シャーリー(マハーシャラ・アリ)という黒人ピアニストの大邸宅だった。

ドクターが求めていたのは、ディープサウス(深南部)を8週間かけて回るコンサートツアーための運転手で、他にもスケジュール管理、ドクターの身の回りの世話という内容であった。報酬は宿泊費・食事代のほか週100ドルだった。トニーは旅に出る事はまだしも、召使のような仕事は嫌だと難色を示し、もし自分を雇うのであれば週125ドル支払うようドクターに強訴するがドクターはトニーの条件を呑まなかった。しかし過去のトニーのナイトクラブでのトラブル解決の手腕の高さを知ったドクターは結局トニーの要求を呑み彼を雇う事にする。

ツアー出発の当日、トニーはドクターのレコード関係者から雇用条件や報酬の支払いについて説明を聞かされ、グリーンブックという冊子を渡される。グリーンブックには黒人が利用できる専用の宿やレストランが記されていた。こうしてトニーとドクターの旅が始まる。

グリーンブックのレビュー・感想

実話が元になっているという事でストーリーとしてはとてもいい話。アフリカ系アメリカ人の当時の苦悩って大変なものだったんだろうなあって感じます。ただこの映画、アカデミー賞の作品賞やトロント国際映画祭で観客賞等受賞しているんですが、正直なところ映画として胸にズシーンと突き刺さるようなものがなかったというのが僕個人の感想です。

シチュエーションからして「最強のふたり」のアメリカ版みたいなところがあるんですが、ストーリーの展開に減り張りがなく変化に乏しい感じがあって映画っぽくない。

また、最後、トニーがツアーを終えて家族の元へ帰ってくる場面はクライマックスともいうべきシーンだと思うのですが、もっとセンセーショナルなトニーの帰り方を表現して欲しかったですね。ロケーションや情景も僕の好きなアメリカの田舎町があれこれ出てくるのですが、それを描写する時間が少なすぎて絵面的に楽しめず少々ガッカリ。物語としてはとてもいいのにもったいないと感じる映画です。

ボヘミアン・ラプソディ

伝説のロックバンドクイーンの奇跡を綴る物語

2018年製作  イギリス・アメリカ  134分

監督

ブライアン・シンガー

キャスト

ラミ・マレック  ルーシー・ボイントン  グウィリム・リー  ベン・ハーディ  ジョゼフ・マゼロ  エイダン・ギレン  アレン・リーチ  トム・ホランダー

撮影ロケーション・情景

HIV  ロンドン コンサート  ロックバンド  大邸宅  バイセクシャル ロールス・ロイス  アメリカ中西部

ボヘミアン・ラプソディのあらすじ

1970年代初頭のロンドン。ペルシャ系移民族出身のファルーク・バルサラ(ラミ・マレック)は、ヒースロー空港で働く傍ら、音楽の夢を捨てきれずスマイルというバンドのライブに足を運んでいた。その日ライブを終えたスマイルのボーカルがバンドの将来性を懸念してバンドのメンバーに脱退を申し出る。丁度その様子を見ていたバルサラは自分こそスマイルにふさわしいボーカルである事を猛アピールしその場でメンバーたちに歌声を披露しスマイルの新しいボーカリストとして加入する事になる。このバルサラこそ、後のクイーンを支えるフレディマーキュリーである。

バルサラはゾロアスター教徒の環境下の家庭で育ち厳格な父とそりがあわず、自分のルーツをたどりフレディという名前に改姓する。

その頃フレディはお洒落な人気ブティック「BIBA」の店員メアリー・オースティン(ルーシー・ボイントン)と知り合い恋へと進展させていく。

新たにベーシストとしてジョン・ディーコン(ジョゼフ・マゼロ)が加わりライブを再開するが観客がフレディに向かい“パキ野郎”とヤジをとばしたがフレディは目もくれず「Keep Yourself Alive」を歌いきった。そのライブの最中にマイクスタンドの台座から先端部分が外れるというハプニングがあったがフレディはそれを気に入り、フレディのマイクスタイルとしてその後定着する。

それから一年後、スマイルは女王陛下を崇めバンド名をクイーンに変更する。そしてそれを機にフレディはメンバーにワゴン車を売却してアルバムの自主制作をしようと持ちかける。フレディは録音に関しても細かな拘りをもち、アルバム作りのクオリティさを追及した。フレディは常に音楽の可能性を心に秘め、常に傍にいるメアリーに対して「楽をさせてやる」が口癖だった。フレディとメアリーは互いの家族に紹介するほどの仲になっていた。そこでメアリーはフレディの家族から彼の素性を聞かされる。彼の父母はバルサラからマーキュリーに改姓したのは芸名のためと思っていたのだが、フレディはそうでなくパスポートも含め正式に改名した事を告げる。厳格な両親はそんなフレディに失望し「名を変え別人になっても無駄だぞ」と叱った。

丁度その時フレディに一本の電話が入る。以前の彼らのレコーディングを見たEMIのエルトンジョンのマネージャーJリード(エイダン・ギレン)からで、実はフレディはこっそりリードに渡していたデモテープを聴いて彼らへオファーをしたのである。彼らは信じられないという様子で歓喜に満ちた。

数日後バンドのメンバーはリードに会う。リードは彼らを才能があると評価し、中でもフレディに特に興味を示した。リードが「他のバンドと違う所は?」とメンバーに聞くが誰も答えられないでいる中、フレディが口火を切り、自分たちの考えや音楽家としての役割を坦々と語った。リードはその場で今後のマネージャーとなるポール・プレンター (アレン・リーチ)を紹介した。リードは彼らに今後の可能性を示唆するが、フレディはそれでは満足しないと言い放った。

それから数日後クイーンはトップ・オブ・ザ・ポップスに出演するが放送局であるBBCの方針で収録済みの音楽をクチパクでやれと命令され理不尽さから抗議するも受け入れてもらえず仕方なしに承諾した。やがて音楽活動が軌道に乗り出すとフレディはメアリーにプロポーズする。フレディはこの時メアリーに指輪を渡すが「何があっても指輪を外さないでほしい」とメアリーに約束させた。そしてフレディとメアリーが愛を語っている最中、他のメンバーたちが部屋に入ってきて次なるツアーの決定を知らせた。アメリカツアーである。

彼らクイーンはアメリカでも大人気だった。米国ツアーから戻った彼らはEMIレコードの重役レイ・フォスター(マイク・マイヤーズ)らと会い、レイから彼らのヒット曲「キラー・クイーン」のような路線で新たな楽曲を作るよう指示するが、二番煎じの曲など作れないと彼らは反発した。そしてフレディはキラー・クイーンを越える曲がこれだと言わんばかりにその場でオペラをレイに聴かせ「オペラ座の夜」にしようと呈するがオペラなどヒットするはずがないとレイは難色を示すが周囲に押し切られ仕方なく承諾した。

1975年ロック・フィールド農場。マネージャーのポールはあらゆる雑念を取り払いレコーディングに集中できる場所としてこの農場を選んだ。フレディはここでボヘミアン・ラプソディを書き上げた。後日この曲のレコーデイングに入るがフレディはオペラパート(声分)を入れようとメンバーに提案した。

その後彼らは「オペラ座の夜」を完成させ得意満面にレイに聴かせボヘミアンをシングルカットすると申し述べた。しかしボヘミアン・ラプソディを聴いたレイは「6分もの時間を要する曲はラジオでかけてもらえない」と容認せず、3分以内の曲をシングルカットするようメンバーを諭しボヘミアン・ラプソディを酷評した。しかし彼らは譲らず猛反発し、レイの部屋を出て行った。

レイと訣別した彼らはキャピタルラジオに自ら出演交渉し番組に出演する。そこでボヘミアン・ラプソディが流されクイーンは絶大な人気を博していく。

やがて人気バンドとして世界を飛び回ることになるフレディは少しずつメアリーとの距離が開き始めると、自分はバイセクシャル(両性愛者)であることをメアリー打ち明けた。メアリーは以前からその事を薄々気付いて、フレディに「バイセクシャルではなくあなたはゲイよ」と指摘しフレディと距離を置くようになる。そしてメアリーは他の男性との交際を始める。

1980年フレディは髪をバッサリ切り口に髭を蓄えた。フレディを訪ねたロジャー・テイラー(ベン・ハーディ)にフレディは「似合うか?」と聞くとロジャーは「余計ゲイっぽい」と冷ややかで、食事に誘うフレディを「家族がいるから」と断った。フレディは段々と孤独さを感じはじめていく。

フレディはそんな孤独感から抜け出そうとパーティー三昧の生活を送るが、その狂気ぶりに仲間は呆れた。そんな時期、フレディは執事として雇ったジム・ハットンに恋愛感情を抱くようになるがハットンは「本当の自分を見つけ出すことができたらまた会いましょう」と告げフレディの元を去った。

荒れた生活を送るフレディは練習にも頻繁に遅刻をするようになる。そんな中ギタリストのブライアン・メイ(グウィリム・リーブライアン)がリーダーシップを取り、観客が一緒になって歌えるような新しい曲を作ろうと提案する。

そしてそのスタイルが話題となり、ますます人気を博していくクイーンだったが、バンドとしての人気がいつまで続くか懸念を感じていたマネージャーポールの元にCBSからフレデへのソロデビューの話が持ち上がる。その契約金額は破格のものだった。ある晩ポールとリードが乗る車に同乗していたフレディはJリードからそのことを告げられたフレデだったがバンドを家族のように思うフレディはJリードからソロデビューの打診をされるがフレディは「バンドは家族だ」とリードの話を一蹴し「お前はクビだ」といって車から降ろした。そしてリードを勝手にクビにしたフレディはメンバーとの確執を強めていく。

1982年マスコミはフレディのセクシュアリティを暴こうと騒ぎ始める。容赦ないマスコミの質問に責め立てられるフレディは彼らと対立し精神的に追い詰められていく。半ば鬱になっていたフレディはツアーとレコーディングの繰り返しに嫌気がさし、400万ドルでCBSとのソロアルバムの単独契約した旨をメンバーに告げるとそれが引き金となりメンバーと完全に仲間割れしてしまう。フレディはソロ活動を始めるが周りの仲間たちとの感性が合わなかった。そんな中新たなマネージャーとなったジム・ビーチ(トム・ホランダー)はポールにチャリティーイベントである「ライヴエイド」の話をポールを通じフレディに伝えようとするが「彼は今忙しい」とポールは取り次がなかった。そんな事は知らないフレディはソロアルバム作成に没頭するが、上手くいかずその歯がゆさから逃れるためにドラッグや酒に溺れ始め徐々に彼の体に病の兆候が見え始める。

やがて連絡がつかないことを不審に思ったメアリーがフレディの元を訪れる。酒やドラックに溺れ荒れた生活を送るフレディはメアリーの訪問を喜び、ライヴエイドのオファーがあった事実をメアリーから聞かされた。バイセクシャルであるものの、メアリーに未練が残るフレディは彼女に「ずっと一緒にいて欲しい」と懇願するが、メアリーから妊娠したことを告げられるとフレディは衝撃を受けた。そしてフレディはその時「ひどいよ」という一言をメアリーに発してしまい彼女は傷つき部屋を出ていった。

雨の降りしきる中車に乗り込もうとするメアリーを追い、我に返ったフレディは「妊娠おめでとう」と言った。メアリーはフレディに「バンドのみんなはあなたの家族よ」と諭しお金のためだけにフレディに群がるポールたちを非難した。メアリーの言葉をきっかけに自分の利益のためにライヴエイドのオファーを隠していたポールに愛想を尽かせフレディはポールとの訣別を決意する。

数日後フレディはライヴエイドの件でジムに電話するが既に出演者が決まってしまった事を聞かされた。更にはバンドに復帰したいというフレディの熱望に対し、他のメンバーのフレディに対する心の奥底を聞かされた。クイーンに未練のあるフレディは諦められずジムに彼らとの話合いの場を作ってもらえるよう懇願した。数日後フレディはメンバーたちと会う事になる。フレディに対するわだかまりを隠しきれない彼らではあったがフレディは仲間たちに自身の身勝手さを素直に詫び、今後バンドがもたらす利益を平等に分配する事を彼らに約束し、バンドへの復帰を許された。

4人が揃ったクイーンにジムはある人物のコネを使いライヴエイドに参加できるよう根回しをしていた。しかし何十万もの観衆の中、クイーンとして何年もブランクを作ってしまった彼らはライヴエイドへの参加に難色を示したが、出なかったことに必ず悔いが残ると呈するフレディの意見を尊重しライヴエイドへの参加を決意する。しかし体調が優れないフレディは日に日に不安に駆られ、自分はエイズではないのかと疑い始める。心配になり病院で検査をするとフレディはHIVに感染していることを聞かされる。愕然とするフレディ。ライヴエイドまであと一週間と迫ったある日、リハーサルを終えたフレディは仲間に自分がエイズに感染した事を告げる。

メンバーは衝撃を隠しきれなかったがライヴエイドを成功させパフォーマーとして自身の人生を終えたいという彼の想いを理解し尊重した。

そしてライヴエイドの当日を迎えた彼ら4人は約20分のパフォーマンスではあったが群衆を大熱狂させチャリティーイベントとして大きな功績を遺した。

ボヘミアン・ラプソディのレビュー・感想

この映画の感想となるとどうしても「映画の感想≒クイーンの感想」になってしまいがちなところがありますが、まずもってフレディを演じたラミ・マレックの役作りに大きな拍手を贈りたいですね。表情の作り方から目の動かし方、顎の閉め方に至るまで、素晴らしいの一言。

ただ、そうは言いながらも率直に感じるのは実はどんなに卓越した演技でも演者は本人を越えられないという事。この映画では特にそれを感じますね。これは最後のライヴエイドのシーンでラミ・マレックと本物のフレディが画面分割で投稿された動画を観るとよく解ります。もちろんそれはフレディの微妙な動作や部分的な模写の相違を指摘しているのではなく、そこには事実という動かしようのないリアリティさがあり、フレディというパフォーマーとしての圧倒的なセンスや感性は演技としては到底超える事はできないんだという事。これは本物に対する見方が各々ある以上仕方ない事だと思う。ブライアン・メイを演じたグウィリム・リーもブライアンと“瓜二つ”であるけれど、単に“似てるね”で終わってしまい、不思議とマレックとフレディのような比較をしようとは思わない。そこがフレディマーキュリーというパフォーマーとしての凄さだと思う。

それとこの映画を観終わって考えさせられたのがライヴエイドの時、フレディはHIVの感染を認識していたのだろうかという点。ライヴエイドの開催が1985年7月13日でHIV検査をフレディが受けたとマスコミが報じたのが1986年10月とある。ボヘミアン・ラプソディという曲を僕が初めて聞いたのはもう40年以上も前。でもこの曲に綴られた歌詞の意味をこの映画を機に初めて知りました。この曲には“Too late, my time has come~もう手遅れだ、最期の時が来た”や“Body’s aching all the time~体の痛みが消えない” “Goodbye, everybody, I’ve got to go~さよならみんな、もう行かなくては”等と綴られていてとても謎めいている。

もしあのライヴエイドで、フレディが自分の病を認識していて歌っていたとするなら、いったいどんな想いでこの曲を歌っていたのだろうかと思い巡らせてしまいフレディの偉大さを一層感じます。

人の人生には緊張を余儀なくされる事がいっぱいあって、ここぞという時に勇気を奮い立たせなければならない時が度々あるけれど、恐れ知らずの表情であのライヴエイドに立ったフレディの勇姿に僕はいつも勇気をもらっています。