ボヘミアン・ラプソディ

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伝説のロックバンドクイーンの奇跡を綴る物語

2018年製作  イギリス・アメリカ  134分

監督

ブライアン・シンガー

 

キャスト

ラミ・マレック  ルーシー・ボイントン  グウィリム・リー  ベン・ハーディ  ジョゼフ・マゼロ  エイダン・ギレン  アレン・リーチ  トム・ホランダー

 

撮影ロケーション・情景

HIV  ロンドン コンサート  ロックバンド  大邸宅  バイセクシャル ロールス・ロイス  アメリカ中西部

 

 

ボヘミアン・ラプソディのあらすじ

 

1970年代初頭のロンドン。ペルシャ系移民族出身のファルーク・バルサラ(ラミ・マレック)は、ヒースロー空港で働く傍ら、音楽の夢を捨てきれずスマイルというバンドのライブに足を運んでいた。その日ライブを終えたスマイルのボーカルがバンドの将来性を懸念してバンドのメンバーに脱退を申し出る。丁度その様子を見ていたバルサラは自分こそスマイルにふさわしいボーカルである事を猛アピールしその場でメンバーたちに歌声を披露しスマイルの新しいボーカリストとして加入する事になる。このバルサラこそ、後のクイーンを支えるフレディマーキュリーである。

 

 

バルサラはゾロアスター教徒の環境下の家庭で育ち厳格な父とそりがあわず、自分のルーツをたどりフレディという名前に改姓する。

その頃フレディはお洒落な人気ブティック「BIBA」の店員メアリー・オースティン(ルーシー・ボイントン)と知り合い恋へと進展させていく。

新たにベーシストとしてジョン・ディーコン(ジョゼフ・マゼロ)が加わりライブを再開するが観客がフレディに向かい“パキ野郎”とヤジをとばしたがフレディは目もくれず「Keep Yourself Alive」を歌いきった。そのライブの最中にマイクスタンドの台座から先端部分が外れるというハプニングがあったがフレディはそれを気に入り、フレディのマイクスタイルとしてその後定着する。

 

 

それから一年後、スマイルは女王陛下を崇めバンド名をクイーンに変更する。そしてそれを機にフレディはメンバーにワゴン車を売却してアルバムの自主制作をしようと持ちかける。フレディは録音に関しても細かな拘りをもち、アルバム作りのクオリティさを追及した。フレディは常に音楽の可能性を心に秘め、常に傍にいるメアリーに対して「楽をさせてやる」が口癖だった。フレディとメアリーは互いの家族に紹介するほどの仲になっていた。そこでメアリーはフレディの家族から彼の素性を聞かされる。彼の父母はバルサラからマーキュリーに改姓したのは芸名のためと思っていたのだが、フレディはそうでなくパスポートも含め正式に改名した事を告げる。厳格な両親はそんなフレディに失望し「名を変え別人になっても無駄だぞ」と叱った。

 

丁度その時フレディに一本の電話が入る。以前の彼らのレコーディングを見たEMIのエルトンジョンのマネージャーJリード(エイダン・ギレン)からで、実はフレディはこっそりリードに渡していたデモテープを聴いて彼らへオファーをしたのである。彼らは信じられないという様子で歓喜に満ちた。

数日後バンドのメンバーはリードに会う。リードは彼らを才能があると評価し、中でもフレディに特に興味を示した。リードが「他のバンドと違う所は?」とメンバーに聞くが誰も答えられないでいる中、フレディが口火を切り、自分たちの考えや音楽家としての役割を坦々と語った。リードはその場で今後のマネージャーとなるポール・プレンター (アレン・リーチ)を紹介した。リードは彼らに今後の可能性を示唆するが、フレディはそれでは満足しないと言い放った。

 

 

それから数日後クイーンはトップ・オブ・ザ・ポップスに出演するが放送局であるBBCの方針で収録済みの音楽をクチパクでやれと命令され理不尽さから抗議するも受け入れてもらえず仕方なしに承諾した。やがて音楽活動が軌道に乗り出すとフレディはメアリーにプロポーズする。フレディはこの時メアリーに指輪を渡すが「何があっても指輪を外さないでほしい」とメアリーに約束させた。そしてフレディとメアリーが愛を語っている最中、他のメンバーたちが部屋に入ってきて次なるツアーの決定を知らせた。アメリカツアーである。

彼らクイーンはアメリカでも大人気だった。米国ツアーから戻った彼らはEMIレコードの重役レイ・フォスター(マイク・マイヤーズ)らと会い、レイから彼らのヒット曲「キラー・クイーン」のような路線で新たな楽曲を作るよう指示するが、二番煎じの曲など作れないと彼らは反発した。そしてフレディはキラー・クイーンを越える曲がこれだと言わんばかりにその場でオペラをレイに聴かせ「オペラ座の夜」にしようと呈するがオペラなどヒットするはずがないとレイは難色を示すが周囲に押し切られ仕方なく承諾した。

 

 

1975年ロック・フィールド農場。マネージャーのポールはあらゆる雑念を取り払いレコーディングに集中できる場所としてこの農場を選んだ。フレディはここでボヘミアン・ラプソディを書き上げた。後日この曲のレコーデイングに入るがフレディはオペラパート(声分)を入れようとメンバーに提案した。

その後彼らは「オペラ座の夜」を完成させ得意満面にレイに聴かせボヘミアンをシングルカットすると申し述べた。しかしボヘミアン・ラプソディを聴いたレイは「6分もの時間を要する曲はラジオでかけてもらえない」と容認せず、3分以内の曲をシングルカットするようメンバーを諭しボヘミアン・ラプソディを酷評した。しかし彼らは譲らず猛反発し、レイの部屋を出て行った。

 

 

レイと訣別した彼らはキャピタルラジオに自ら出演交渉し番組に出演する。そこでボヘミアン・ラプソディが流されクイーンは絶大な人気を博していく。

やがて人気バンドとして世界を飛び回ることになるフレディは少しずつメアリーとの距離が開き始めると、自分はバイセクシャル(両性愛者)であることをメアリー打ち明けた。メアリーは以前からその事を薄々気付いて、フレディに「バイセクシャルではなくあなたはゲイよ」と指摘しフレディと距離を置くようになる。そしてメアリーは他の男性との交際を始める。

1980年フレディは髪をバッサリ切り口に髭を蓄えた。フレディを訪ねたロジャー・テイラー(ベン・ハーディ)にフレディは「似合うか?」と聞くとロジャーは「余計ゲイっぽい」と冷ややかで、食事に誘うフレディを「家族がいるから」と断った。フレディは段々と孤独さを感じはじめていく。

フレディはそんな孤独感から抜け出そうとパーティー三昧の生活を送るが、その狂気ぶりに仲間は呆れた。そんな時期、フレディは執事として雇ったジム・ハットンに恋愛感情を抱くようになるがハットンは「本当の自分を見つけ出すことができたらまた会いましょう」と告げフレディの元を去った。

 

 

荒れた生活を送るフレディは練習にも頻繁に遅刻をするようになる。そんな中ギタリストのブライアン・メイ(グウィリム・リーブライアン)がリーダーシップを取り、観客が一緒になって歌えるような新しい曲を作ろうと提案する。

そしてそのスタイルが話題となり、ますます人気を博していくクイーンだったが、バンドとしての人気がいつまで続くか懸念を感じていたマネージャーポールの元にCBSからフレデへのソロデビューの話が持ち上がる。その契約金額は破格のものだった。ある晩ポールとリードが乗る車に同乗していたフレディはJリードからそのことを告げられたフレデだったがバンドを家族のように思うフレディはJリードからソロデビューの打診をされるがフレディは「バンドは家族だ」とリードの話を一蹴し「お前はクビだ」といって車から降ろした。そしてリードを勝手にクビにしたフレディはメンバーとの確執を強めていく。

 

1982年マスコミはフレディのセクシュアリティを暴こうと騒ぎ始める。容赦ないマスコミの質問に責め立てられるフレディは彼らと対立し精神的に追い詰められていく。半ば鬱になっていたフレディはツアーとレコーディングの繰り返しに嫌気がさし、400万ドルでCBSとのソロアルバムの単独契約した旨をメンバーに告げるとそれが引き金となりメンバーと完全に仲間割れしてしまう。フレディはソロ活動を始めるが周りの仲間たちとの感性が合わなかった。そんな中新たなマネージャーとなったジム・ビーチ(トム・ホランダー)はポールにチャリティーイベントである「ライヴエイド」の話をポールを通じフレディに伝えようとするが「彼は今忙しい」とポールは取り次がなかった。そんな事は知らないフレディはソロアルバム作成に没頭するが、上手くいかずその歯がゆさから逃れるためにドラッグや酒に溺れ始め徐々に彼の体に病の兆候が見え始める。

やがて連絡がつかないことを不審に思ったメアリーがフレディの元を訪れる。酒やドラックに溺れ荒れた生活を送るフレディはメアリーの訪問を喜び、ライヴエイドのオファーがあった事実をメアリーから聞かされた。バイセクシャルであるものの、メアリーに未練が残るフレディは彼女に「ずっと一緒にいて欲しい」と懇願するが、メアリーから妊娠したことを告げられるとフレディは衝撃を受けた。そしてフレディはその時「ひどいよ」という一言をメアリーに発してしまい彼女は傷つき部屋を出ていった。

雨の降りしきる中車に乗り込もうとするメアリーを追い、我に返ったフレディは「妊娠おめでとう」と言った。メアリーはフレディに「バンドのみんなはあなたの家族よ」と諭しお金のためだけにフレディに群がるポールたちを非難した。メアリーの言葉をきっかけに自分の利益のためにライヴエイドのオファーを隠していたポールに愛想を尽かせフレディはポールとの訣別を決意する。

 

 

数日後フレディはライヴエイドの件でジムに電話するが既に出演者が決まってしまった事を聞かされた。更にはバンドに復帰したいというフレディの熱望に対し、他のメンバーのフレディに対する心の奥底を聞かされた。クイーンに未練のあるフレディは諦められずジムに彼らとの話合いの場を作ってもらえるよう懇願した。数日後フレディはメンバーたちと会う事になる。フレディに対するわだかまりを隠しきれない彼らではあったがフレディは仲間たちに自身の身勝手さを素直に詫び、今後バンドがもたらす利益を平等に分配する事を彼らに約束し、バンドへの復帰を許された。

4人が揃ったクイーンにジムはある人物のコネを使いライヴエイドに参加できるよう根回しをしていた。しかし何十万もの観衆の中、クイーンとして何年もブランクを作ってしまった彼らはライヴエイドへの参加に難色を示したが、出なかったことに必ず悔いが残ると呈するフレディの意見を尊重しライヴエイドへの参加を決意する。しかし体調が優れないフレディは日に日に不安に駆られ、自分はエイズではないのかと疑い始める。心配になり病院で検査をするとフレディはHIVに感染していることを聞かされる。愕然とするフレディ。ライヴエイドまであと一週間と迫ったある日、リハーサルを終えたフレディは仲間に自分がエイズに感染した事を告げる。

 

メンバーは衝撃を隠しきれなかったがライヴエイドを成功させパフォーマーとして自身の人生を終えたいという彼の想いを理解し尊重した。

そしてライヴエイドの当日を迎えた彼ら4人は約20分のパフォーマンスではあったが群衆を大熱狂させチャリティーイベントとして大きな功績を遺した。

 

 

 

ボヘミアン・ラプソディのレビュー・感想

 

この映画の感想となるとどうしても「映画の感想≒クイーンの感想」になってしまいがちなところがありますが、まずもってフレディを演じたラミ・マレックの役作りに大きな拍手を贈りたいですね。表情の作り方から目の動かし方、顎の閉め方に至るまで、素晴らしいの一言。

ただ、そうは言いながらも率直に感じるのは実はどんなに卓越した演技でも演者は本人を越えられないという事。この映画では特にそれを感じますね。これは最後のライヴエイドのシーンでラミ・マレックと本物のフレディが画面分割で投稿された動画を観るとよく解ります。もちろんそれはフレディの微妙な動作や部分的な模写の相違を指摘しているのではなく、そこには事実という動かしようのないリアリティさがあり、フレディというパフォーマーとしての圧倒的なセンスや感性は演技としては到底超える事はできないんだという事。これは本物に対する見方が各々ある以上仕方ない事だと思う。ブライアン・メイを演じたグウィリム・リーもブライアンと“瓜二つ”であるけれど、単に“似てるね”で終わってしまい、不思議とマレックとフレディのような比較をしようとは思わない。そこがフレディマーキュリーというパフォーマーとしての凄さだと思う。

それとこの映画を観終わって考えさせられたのがライヴエイドの時、フレディはHIVの感染を認識していたのだろうかという点。ライヴエイドの開催が1985年7月13日でHIV検査をフレディが受けたとマスコミが報じたのが1986年10月とある。ボヘミアン・ラプソディという曲を僕が初めて聞いたのはもう40年以上も前。でもこの曲に綴られた歌詞の意味をこの映画を機に初めて知りました。この曲には“Too late, my time has come~もう手遅れだ、最期の時が来た”や“Body’s aching all the time~体の痛みが消えない” “Goodbye, everybody, I’ve got to go~さよならみんな、もう行かなくては”等と綴られていてとても謎めいている。

もしあのライヴエイドで、フレディが自分の病を認識していて歌っていたとするなら、いったいどんな想いでこの曲を歌っていたのだろうかと思い巡らせてしまいフレディの偉大さを一層感じます。

人の人生には緊張を余儀なくされる事がいっぱいあって、ここぞという時に勇気を奮い立たせなければならない時が度々あるけれど、恐れ知らずの表情であのライヴエイドに立ったフレディの勇姿に僕はいつも勇気をもらっています。

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ガンシャイ

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リーアム・ニーソン&サンドラ・ブロックのラブコメディ

2000年製作  アメリカ  101分

監督

エリック・ブレイクニー

 

キャスト

リーアム・ニーソン サンドラ・ブロック  オリヴァー・プラット メアリー・マコーマック フランク・ヴィンセント リチャード・シフ  マイケル・ウェザリー

 

撮影ロケーション・情景

ニューヨーク 空港 FBI

 

 

ガンシャイのあらすじ

 

18年間覆面捜査官としておとり捜査一筋に働いてきたチャーリー(リーアム・ニーソン)は新たな麻薬組織への潜入捜査のためニューヨークに派遣される事が決まっていたが、前回の潜入捜査でチャーリーは素性がばれてしまい、危うく殺されそうになった。チャーリーはその時のトラウマの恐怖から今回の指令を断り引退を申し出ようとするが上司であるロニーに聞き入れてもらえず仕方なくニューヨークへと向かう。

 

チャーリーはニューヨークに向かう飛行機の中でも精神的ストレスからくる腹痛に悩まされていた。そんなチャーリーに隣席に座る精神科医が声をかけ、それが縁となりチャーリーはグループセラピーに通う事になる。グループセラピーにはチャーリーの他数人が参加していたが彼らが抱える悩みはチャーリーにとってどれも取るに足りない悩みに過ぎず、チャーリーが自分の悩みについて話し始めると彼らは悍ましい顔をした。

数日後チャーリーは侵入捜査を開始するが、組織の輩たちと接するにつれ再び激しい腹痛に悩まされる。チャーリーは治療のため病院に行くが、そこには“浣腸の女王”こと、美しく優しい看護師ジュディがいた。

ジュディはチャーリーの慢性的な腹痛は“恐れ”からくる精神的ストレスによるものと瞬時に察し、薬に頼らず完治させる方法があると言ってチャーリーの治療を引き受けた。ジュディの治療法はユーモアと優しさに満ち溢れた独創的な治療法だった。次第にチャーリーはジュディに癒されることで潜入捜査の恐怖に耐えながら犯罪組織の解明に迫っていく。

 

 

 

 

ガンシャイのレビュー・感想

 

誰しも夢はあるもの。どんなにつらい立場にいたとしても、夢や希望があればそこに向かって頑張れる。そういう“気付き”みたいなものを随所に感じさせてくれる映画。「よし!観るぞ!」と力まなくても肩の力を抜いて観ることができ、それでいて映画としての面白さもまあまあ備わっているという感じ。

サンドラ・ブロックがキャストと制作を兼ねていて、マフィアが絡む潜入捜査という設定でガンアクションもあるが、そのわりにはえげつなさがひとつもなくコメディにありがちなわざとらしいジョークもないので飽きることなく最後まで観れる。これは製作にかかわったサンドラ・ブロックの能才なのかもしれない。

サイコ・キラーと呼ばれるフルヴィオ(オリヴァー・プラット)はマフィアのくせにトマト栽培が趣味という茶目ぷりで、可愛く野蛮さがない。そのフルヴィオが最後にマフィアの世界から足を洗ってイタリアでトマト農家に鞍替えし、赤々と育ったトマトを手に取り満足そうな顔で汗を拭うシーンはBig Kennyの「Under the Sun」のサントラと相まってとてもいい顔をしている。この清々しいフルヴィオに「お前、夢叶えたな」って思わず言ってしまった。

 

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最強のふたり

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真の友情を綴ったフランスの実話

2011年製作  フランス  112分

監督

エリック・トレダノ

 

キャスト

フランソワ・クリュゼ  オマール・シー  アンヌ・ル・ニ  オドレイ・フルーロ

 

撮影ロケーション・情景

フランス パリ 大邸宅  身障者 パラグライダー  プライベートジェット

 

 

最強のふたりのあらすじ

 

パリに住む富豪フィリップ(フランソワ・クリュゼ)は過去パラグライダーで事故を起こし、頸髄損傷により首から下が麻痺し、自分の意思で身体を動かす事ができない障害者生活を強いられていた。ある日フィリップの介護人を雇うために行われていた面接に黒人青年ドリス(オマール・シー)がやってくる。しかしドリスの目的は雇用ではなく面接を受ける事で継続される失業保険を貰うためのものだった。そのためドリスはフィリップや秘書であるマガリー(オドレイ・フルーロ)らに敢えてぞんざいな態度で臨み、わざと不合格になるよう努めた。これで不合格になりそれを証明する書類が貰えると思ったドリスだったがフィリップは事もあろうに他の候補者には目もくれず、飾り気のないドリスを気に入り試用期間1ヶ月間という条件で彼を雇い入れる。

 

 

大邸宅であるフィリップ邸に、住み込みで働くことになったドリスは自分専用の個室を与えられ部屋には大きな風呂、トイレまで完備されるほどの豪華な部屋だった。複雑な家庭環境の中、スラム街での貧祖な暮らしをしてきたドリスは大きな喜びを示した。ドリスの働きぶりはフィリップにとって少々粗雑ではあったが、自分に対し哀れみの目で見ようとせず一人間として接してくれるドリスにフィリップは心を許していく。

 

 

ドリスは身体的な世話もさることながらフィリップの文通相手と会えるよう勝手にお膳立てをしたり、プライベートジェットで二人で旅行に出かけるなど、二人の友情は日に日に深まっていく。しかしそんなドリスにある日家庭的な問題が起こり事情を知ったフィリップはドリスの雇用を止め、ドリスを自宅に帰す決心をする。その後フィリップはドリスがいなくなった生活に心にポッカリ穴があいたようになり、虚しさを感じる日々を送ることになる。

 

 

 

 

最強のふたりのレビュー・感想

 

男の固い友情を描いたフランスの実話。フィリップとドリス以外の俳優陣たちはウィキにもページが存在していないくらい比較的マイナーな映画かもしれないけれど、こんな素晴らしい作品を買い付けてくれた配給会社に心からありがとうと言いたくなる心温まるいい映画です。

ドリスは飾り気のない天真爛漫な性格ですが、面接のときにドリスの人格を見抜いたフィリップの洞察力も鋭いし、素性や過去には囚われないフィリップの寛大さは男として見ていてかっこいい。

フィリップは大富豪だけれど、いくらお金があってもやっぱり埋められないものってあるんですね。“物”だけでは決して満たされないものをドリスがフィリップに与えてくれた。フィリップが無精ひげを生やしドリスが戻ってきた事を知った時の嬉しそうな顔がとても印象的。フィリップにとってドリスはさぞかしかけがえのない存在だったんでしょう。そして最後にこの映画の主人公であるフィリップ・ポゾ・ディ・ボルゴの車椅子を押す介護人アブデル・ヤスミン・セローの姿が登場し「彼らは今でも深い絆で結ばれている」というテロップが流れるんですが、この映画が実話というだけにその映像には深い感動を覚えますね。

自分の利益に関係なく築ける真の友情って素晴らしいです。

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カジノ

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70年代ラスベガスのカジノの裏事情を克明に描いた映画

1995年製作  アメリカ  178分

監督

マーティン・スコセッシ

 

キャスト

ロバート・デ・ニーロ  シャロン・ストーン  ジョー・ペシ  ジェームズ・ウッズ  ドン・リックルズ  アラン・キング  ケヴィン・ポラック  フランク・ヴィンセント

 

撮影ロケーション・情景

70年代ラスベガス カジノ マフィア

 

 

カジノのあらすじ

 

1970年代ラスベガス。当時ラスベガスを裏で支配していたのはトラック運転手年金協会を牛耳っていたマフィアの首領、リモ・ガッジである。彼は年金局長アンディ・ストーン(アラン・キング)と組み巨大カジノ「タンジール」を建設しようとしていた。そこでカジノの経営責任者に白羽の矢を立てたのがカジノを知り尽くし“ギャンブルの神様”と称されたサム・ロススティーン、通称“エース”( ロバート・デ・ニーロ)である。

 

 

ある日年金局長のストーンがエースに会いその件を打診するがエースは過去に何度も賭博で検挙された経験があり賭博免許など取れるはずがないと乗り気ではなかった。しかしストーンは申請手続きをするだけで営業できるようにするといい、エースの経営方針には誰も口を出させない事も約束した。そうしてエースはタンジールの実質的なボスとして就任する。

 

 

運営責任者としてのエースの監視の目は鋭かった。カジノに出入りするイカサマ師を絶対に見逃さず徹底的に痛めつけカジノの大きな損失を防いだ。

その後もエースは絶大な手腕を発揮しタンジールの売り上げを飛躍的に伸ばしていく。

 

 

 

 

カジノのレビュー・感想

 

1996年、以前勤めていた会社の海外出張で初めてラスベガスに行き、その魅惑的で煌びやかな佇まいの余韻に浸りたくてDVDを購入しました。

この映画、実話という事ですが設定が70年代という事で今のラスベガスとは雰囲気が大分違うという印象ですが、カジノの当時の裏事情がよく解り面白かったです。そして綺麗なコーラスで奏でられるオープニングはラスベガスの派手派手しい表の顔とは裏腹に暗黒街的な別な顔のラスベガスを象徴しているかのようで、かなりシュールな気持ちになります。

エースのように完璧に仕事をこなせばそりゃボスからの信頼も厚いだろうし、その点は凄く見習うべきところがあるなぁって感じます。エースの用心棒として派遣されたニッキー役のジョー・ペシですが、これは演技なのか?と思わせるくらい凶暴で役によくハマっていますね。仕事をする男ならある程度自分の存在を誇示しなくちゃいけないところもあるけれど、ニッキーのように“出過ぎた杭”になっちゃうと最後はやっぱり消されちゃうんですね。一般の会社でも殺されはしませんが突然梯子を外されたりなんて事ありますから。

総合的には約3時間という長編にもかかわらず少しも飽きさせない展開の上手さというか、非常に面白い映画です。ただ終盤、ニッキーが弟のドミニクと一緒にトウモロコシ畑でリンチされ殺害されるシーンがありますが、これは悲惨すぎて観ていて吐き気がするほどリアルで後味が悪いです。まあ、そこがマーティン・スコセッシの“味付け”なんでしょうが。

一応念のため言っておきますが、煌びやかな今のラスベガスの情景や想い出に浸りたいと思う人が観る映画ではないですよ。

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メッセージ・イン・ア・ボトル

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脚本、音楽、映像、どれをとっても美しい秀作

1999年製作  アメリカ  131分

監督

ルイス・マンドーキ

 

キャスト

ケビン・コスナー  ロビン・ライト・ペン  ポール・ニューマン  ジョン・サヴェージ   ロビー・コルトレーン

 

撮影ロケーション・情景

新聞社 シカゴ マサチューセッツ 海岸 ノースカロライナ 帆船

 

 

メッセージ・イン・ア・ボトルのあらすじ

 

シカゴの新聞社で熱心な記者として働くテリーサ(ロビン・ライト・ペン)は離婚し息子ジェイソンと二人暮らし。そんなある日休みを取ったテリーサはマサチューセッツのケープコッドで休暇を楽しんでいた。

テリーサが海岸を散歩していると砂浜に埋もれた瓶を見つける。瓶のコルクを抜き中を覗くと、そこには細長く巻かれた手紙が入っていた。“愛するキャサリン”と題された手紙を読んでいくと、ある男性がキャサリンという女性への想いを綴る手紙で、文脈から察するところキャサリンという女性は既に亡くなっている事が窺えた。

 

 

休暇を終えてシカゴに戻るテリーサだったが、帰えりの飛行機の中でもその手紙を書いた主のことが気になって仕方がない。手紙を書いた人物の誠実さに心を打たれたテリーサは新聞社に戻ると仲間の記者たちにその手紙を読んで聞かせた。テリーサの上司であるコラムニストのチャーリー(ロビー・コルトレーン)はその記事をテリーサに内緒でコラムに載せたがプライベートな手紙を新聞に載せた事は倫理に反するとしチャーリーに抗議した。

しかしその記事への世間からの反響は大きく読者からのたくさんの投書が届いた。投書の中身は賛否あったが、その中に同じような手紙を拾ったという読者からの投書があり、その手紙が同封されていた。それによりテリーサは2通の手紙を手にすることになる。

謎めいた手紙にいても経ってもいられないテリーサは手紙の主に会ってみようと決め、あちらこちらにコネを使い、手紙を書いた主の手掛かりを探そうとする。そこにある情報が入り瓶に使われていたコルクの濡れ具合からして海に浸かっていたのは2年ぐらいであるという事が分かった。更に便箋に印字されている帆船のロゴや使われたタイプライターの機種などの情報を集め、手紙を書いた主がギャレット・ブレイクという男でノースカロライナ州アウターバンクス“フォスターレイン18番地”に住んでいる事を突き止める。テリーサは早速アウターバンクスへと向かった。

 

 

アウターバンクスについたテリーサはギャレットの家を訪れる。そこには老いた彼の父ドッジ(ポール・ニューマン)がいて、ギャレットは近くの港にいる事を教えた。港に行ってみると帆船を修理するギャレットがいた。二言三言会話を交わす二人だったがギャレットがテリーサに「船に乗ってみるか」と誘った。それから二人は次第に心を通い合わせていくがテリーサは瓶の手紙の事に結局触れらないまま、親密な関係を持ち始めていく。

 

 

 

メッセージ・イン・ア・ボトルのレビュー・感想

 

手紙の主にいくら興味があったとはいえ、のっけから素性の解らない男と一緒の船に乗るという危険な行為は、普通あり得ないし、少し不自然な感じがします。

それとテリーサが手紙を拾ったいきさつをもっと早くギャレットに告げるべきと感じる所はありますが、“真相明かし”を少しずらす方が物語としてはドラマチックになるので仕方ないのでしょう。

最後の嵐のシーンはギャレットが心を開くようになりテリーサとの人生を歩もうとしていた矢先の事だけに悲しすぎます。テリーサもさることながらギャレットを支え続けてきた父ドッジも、さぞかし無念だったろうと思う。

この映画は大半、テリーサとギャレットの恋愛を描いていますが、もう一つの側面に父と子の絆がテーマに描かれていますね。この二人の関係が実にいい。ギャレットがシカゴに行く時、最寄りのバス停まで父ドッジが車で送るシーンがあるのですが、緊張している息子を父がからかう場面は凄く洒落ていて、アメリカっぽいなぁって思います。

総評として派手さはひとつもないですが脚本、音楽、映像、どれもが美しいと素直に感じる映画です。

 

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クロッシング・ガード

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子供に先立たれた親の気持ちをどう受け止めたらいいのかを深く考えさせられる映画

1995年製作  アメリカ  111分

監督

ショーン・ペン

 

キャスト

ジャック・ニコルソン  デヴィッド・モース   ロビン・ライト   アンジェリカ・ヒューストン   パイパー・ローリー   ロビー・ロバートソン   ジョン・サヴェージ

 

撮影ロケーション・情景

ロサンゼルス  刑務所  グループセラピー  セメタリー(霊園)

 

 

クロッシング・ガードのあらすじ

 

とあるグループセラピーに集う人々の中にひっそりと佇む男と女。男の名はフレディ・ゲイル(ジャック・ニコルソン)女の名はメアリー・マニング(アンジェリカ・ヒューストン)である。二人は6年前に交通事故に巻き込まれこの世を去ったエミリーの父と母。

エミリーは飲酒運転をしたジョン(デヴィッド・モース)の車にはねられ、わずか7年という短い生涯を閉じた。父親フレディは愛娘を失った絶望から立ち直れず、ジョンへの復讐だけを心に秘め喪失した日々を送っていた。一方ジョンは心の傷が癒えぬまま6年の刑期を終え3日後に出所する。

 

 

出所を迎えた当日、ジョンは迎えに来た父母の車に乗り刑務所を後にする。殺意に燃えジョンの出所を指折り数え待ち望んでいたフレディは、ジョンの眠るトレーラーハウスに忍び込みジョンとの対面を果たす。フレディはジョンに銃を向け引き金を引くが弾が入っておらず未遂に終わった。そんなフレディに対しジョンは沈着冷静な態度で語り始めた。自分の命に代えてでもエミリーを救ってやりたかったこと、一生許してはもらえないほどの罪を犯してしまったことの後悔をフレディに淡々と語り、復讐を考え直すようフレディを諭した。

フレディは「お前に俺の気持ちが解るはずがない」と啖呵を切り「3日後にまた来るから覚悟しておけ」と言い残しその場を去った。フレディは街で仲睦ましい親子を見かけると更にジョンに対し憎悪を深め、一方のジョンは良心の呵責に苛まれながら日々を送る。

そして72時間が経過しジョンを殺めようと心に決めていた3日目の夜、フレディは別れた元妻メアリーを呼び出し何かを告げようとしていた。フレディが口火を切る前にメアリーが話し始めた。それはフレディに対しての愛だった。フレディもそれを真摯に受け止めメアリーを讃えた。しかしフレディの言葉の端々にジョンへの復讐が示唆されたためメアリーはフレディを窘めるが、フレディは突然豹変しメアリーに罵声をあびせた。愛想をつかしたメアリーは席を立ち店を出た。

 

 

フレディはそこから車を運転しジョンのところに向おうとするが蛇行運転をしたことでパトカーに止められる。フレディは酒に酔っていた。警官がフレディを逮捕しようとした一瞬をついてフレディは逃亡した。警察のヘリコプターのサーチライトを掻い潜り、フレディはジョンの家の敷地に潜り込んだ。しかしそこには銃を構えたジョンがフレディに銃口を向け待っていた。

フレディがすかさず銃を構えるとジョンは銃を捨て走り出す。ジョンを追うフレディ。そこから二人の壮絶な追跡劇が始まるが、ジョンはフレディをどこかに誘おうとするかのように執拗に走り続けた。

丘を駆け上がるとジョンは立ち止まり突然その場にひざまずいた。  一体どうした事かと言わんばかりの顔をするフレディ。何とジョンがひざまずくその場所はエミリーが眠る墓だった。

フレディはエミリーを失った当時、絶望から意固地になりエミリーの葬式すら顔を出しておらず状況を把握していなかった。

ひざまずくジョンは墓下に眠るエミリーに向って泣きながら「パパが来たよ。パパを救ってやって欲しい」と告げる。墓の場所、墓石の色、何一つ知ろうとしなかったフレディはその瞬間我に返り、そっとジョンに手を差し延べ涙を流した。

 

 

 

 

クロッシング・ガードのレビュー・感想

 

このクロッシング・ガードという作品は誰が観るのかによって大分感想が違ってくるように思いますね。決して差別発言として取らないで欲しいのですが、子供や家族を持った事がない人と、既に家族があり、同じような娘を持つ父親が観た場合とではおのずと感じ方も違ってくるはず。子供に先立たれたフレディの気持ちというのは実際に当事者になってみなければ解らない部分はいっぱいあるんだろうと思う。

加害者を殺めたところでエミリーは帰ってこないし、そんなことはエミリーだって望まないはず。しかしそうは解っていながらも子供の仇を打ちたいと思うフレディの気持ちはよく解ります。

この映画の観どころはやはりジョンがフレディを霊園に誘い「パパが来たよ。パパを救ってやって欲しい」と告げる場面ですね。フレディも苦しんでいたけれどジョンも同じように苦しんでいた。このフレディを自分に置き換えて考えてみるとジョンの苦悩もさることながら自分のこれまでの愚かさを痛切に感じ、同じ娘を持つ立場の僕としては涙が止まりませんでしたね。

 

エミリーの眠る場所すら知らないでいたフレディがエミリーの墓石を見て「墓石の色はピンクだったのか」と少しばかりの安堵を見せるるシーンはとても印象的です。人は死というものを受け入れられないうちはホント、何をしでかすかわからない。でも自分なりに死というものを受け入れる事ができた時に、本来の自分の素直さを取り戻せるんだということを教えられたような気がします。もし自分の子供が同じような状況になったとしたなら親としてどう受け止めたらいいのか深く考えさせられる映画です。

 

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蜘蛛女

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「蜘蛛女、獲らえて、逃して、また誘う・・」のコピーがピッタリの女マフィア

1993年製作  アメリカ ・イギリス合作 100分

監督

ピーター・メダック

 

キャスト

ゲイリー・オールドマン レナ・オリン アナベラ・シオラ ジュリエット・ルイス ロイ・シャイダー ジェームズ・クロムウェル デヴィッド・プローヴァル ロン・パールマン

 

撮影ロケーション・情景

アリゾナ Diner ニューヨーク 汚職警官 アメリカ砂漠地帯 マフィア

 

蜘蛛女のあらすじ

 

アリゾナのレストランでアルバムを見ながら寂しげに過去を振り返るある男の回想シーンから物語は始まる。

その男はジャック・グリマルディ(ゲイリー・オールドマン)。ジャックはニューヨーク市警のたたき上げの刑事で巡査部長。年収5万6000ドルの彼にはナタリー(アナベラ・シオラ)という美しい妻がいるが自分の私利私欲を叶えるため、密かにマフィアと手を組み賄賂で財を蓄える汚職警官である。

 

 

ある日FBIがホテルの一室にマフィアの大物ニック・ガザーラ(デニス・ファリーナ)を保護していた。ガザーラがそこで仲間を裏切る証言をするためだった。FBIが用意した豪勢な食事を血なまぐさい会話をしながら旺盛な食欲を見せるガザーラ。その様子を向かい側のビルの屋上から双眼鏡で盗み見るジャックは組織にガザーラの居場所をタレこみ郵便局の私書箱から賄賂を受け取った。わずか25セントの電話代で6万5000ドルの報酬である。そんな荒稼ぎをしながらジャックはシェリーという愛人までつくり、悠々自適の生活を送っていた。

 

 

ある日ジャックが同僚たちとレストランで食事をしているとガザーラが殺されたとの報告が入った。惨殺な殺し方からしてガザーラを殺めたのはロシア系女マフィアで殺し屋のモナ・デマルコフ(レナ・オリン)だと捜査員たちは睨んだ。モナは殺し屋とは想像もつかぬ程美しく、魅力的な女だった。市警はモナの口を割らせようとモナに司法取引を持ちかけようと企んでいた。それを聞いたジャックは早速マフィア組織に情報を流した。モナはガザーラを殺した際、彼の口を割らせようとしたFBI捜査官たちをも惨殺するという残忍さをもち、彼女の組織のボスであるドン・ファルコーネ(ロイ・シャイダー)も手を焼くほどで、彼女を煙たがっていた。このためファルコーネはモナを消すため組織の幹部をジャックの元に遣り、モナの情報を提供するよう指示した。

 

 

数日後ジャックは、司法取引のため身柄を確保されていたモナをホテルまで護送しFBIに引き渡すよう命じられる。車中のミラー越しに会話をするジャックとモナ。ジャックはこの護送を簡単な任務だと侮っていた。ホテルの部屋にモナを招き入れるとモナはその美貌をチラつかせ20万ドルで取引しようとジャックを誘惑した。モナの色仕掛けに理性を抑えようとするジャックだったが、それに堪えきれなくなったジャックは彼女を弄り(まさぐり)始めた。そしてモナがジャックの上にまたがった所にFBI捜査員たちが部屋に入ってきた。

捜査員たちが呆れ顔をする中、罠にハマり愕然とするジャックをモナは大声であざ笑った。

 

 

モナはFBIに身柄を引き渡されるはずだったが、モナが捜査官の銃を奪い逃走してしまったため、ジャックがマフィアに流した情報に矛盾が生じモナを消し損ねた。ガセネタに多大な賄賂を渡した組織のドン、ファルコーネは激怒しジャックを呼びつけた。しくじったジャックは一旦もらった金をファルコーネに返そうとするが、返す代わりにモナを殺めるようジャックに命じた。殺しは嫌だと断るジャックだったがモナを消さなければジャック本人はおろか、妻、愛人共々惨殺すると脅されジャックはとんでもない窮地に追い込まれてしまう。

 

 

 

蜘蛛女のレビュー・感想

 

この映画が日本で上映された1994年当時、通勤途中のマイカーでこの作品のCMをよく耳にしました。そのコピーが確か「蜘蛛女、獲らえて、逃して、また誘う・・」というものだったと思うのですが、そのコピーのとおりこの蜘蛛女の“モナ”が凄まじい周到ぶりで恐ろしい女マフィアを演じている様子がまさに蜘蛛女という名前にぴったりという感じです。

 

そして「回想シーン」で始まるオープニングの中で、多少のネタバレをしておきながら「今のは観なかったことにしてくれ」というナレーションと共に映像が現在に戻るという編集テクニックは、ハッ!とするような興味をそそり、本編に一気に引き込まれるセールスレターのリード文章みたいでとても上手いなぁって思います。そういった部分に雄大なアリゾナの風景が折り交ざって、絵面的に「観るぞ!」という気にさせてくれたことを覚えています。

 

 

警官の汚職は他の映画でも頻繁に出てきますが、アメリカ警官の汚職の場合、結局命まで狙われてしまうというのが常みたいですね。またこのマフィアのドン、ファルコーネの人を殺めるために他人を説得する大義というか持論が凄い。ある意味説得力がありますね。(でも最後は悲惨な結末を迎えますが)

とにかく僕個人としてはストーリーもさることながら、最初と最後に映し出されるアリゾナのDinerの景色がたまりません。アメリカ西部の情景が恋しくなった人には特に目でも楽しんでもらえる作品かと思います。

そして最後にDinerに現れるナタリーの幻想に、ジャックが嬉しそうな顔をするシーンがあるのですが、自分をジャックに置き換えて考えると切なさのあまり思わず泣けてきます。蜘蛛女という映画はそんな作品です。

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ランダム・ハーツ

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純粋でピュアな大人の恋愛映画

1999年製作  アメリカ  133分

監督

シドニー・ポラック

 

キャスト

ハリソン・フォード  クリスティン・スコット・トーマス  チャールズ・S・ダットン  ボニー・ハント  デニス・ヘイスバート  シドニー・ポラック  リチャード・ジェンキンス   ディラン・ベイカー  ポール・ギルフォイル  ピーター・コヨーテ  スザンナ・トンプソン  ビル・コッブス  ケイト・マーラ

 

撮影ロケーション・情景

ワシントンD.C. ワシントン郊外  アメリカンポリス  アメリカの葬儀  空港  航空機事故 選挙活動  アメリカの葬儀  マイアミ  チェサピーク湾  Lincoln

 

ランダム・ハーツのあらすじ

 

ワシントン郊外に暮らすダッチ・ヴァン・デン・ブロック(ハリソン・フォード )はワシントン市警の巡査部長で妻ペイトン(スザンナ・トンプソン)と平凡でありながらも幸せな生活を送っていた。週末のある金曜日ダッチはその晩、ペイトンと食事をしようと約束し仕事に向かう。ダッチは仕事の合間に電気店に寄り天気予報付のラジオを買った。ペイトンの父へのプレゼントである。

 

 

するとその電気店に陳列してあるテレビからマイアミ行きのサザン航空437便の墜落事故のニュースが流れた。その事をさほど気にも留めなかったダッチはそのまま職場へと向かう。職場に着き現場に向おうとするとペイトンから食事のキャンセルの電話が入った事を同僚から聞かされた。妻の帰りが遅くなると察したダッチはまっすぐ家に帰らず、行きつけの店で一杯やっていた。するとそこでもサザン航空の墜落事故のニュースが流れていた。ダッチは家に電話し妻からのメッセージが入っていないか確かめると、そこにはマイアミでのカタログ撮影でトラブルになり、急遽マイアミに行かなければならなくなったというペイトンからのメッセージが入っていた。妻の身を案じたダッチは航空会社に連絡をし、墜落機にペイトンが搭乗していたか否かを確認するが、その便にペイトンの名前は見当たらないと告げられるとダッチは「きっと別の便に乗ったんだろう」とホッとして胸をなでおろした。

 

 

しかし他のマイアミ行きの便のスケジュールを聞くとどれもペイトンが出かけた時間とはつじつまの合わない時間帯だったため、不審に思ったダッチは妻の職場へと向かい上司に状況を確認した。するとカタログ撮影はシーズンオフのため現在行われておらず、ペイトンのマイアミ行きは社の出張ではないと知らされた。

ペイトンが帰らぬまま数日が経った。するとダッチのところへ墜落したサザン航空の職員が訪ねてきた。職員は改めてペイトン・ヴァン・デン・ブロックという人の搭乗記録はなかったと告げるが、ダッチは職場に嘘をついてまで出かけた事に妻の不貞を感じ始めていた。ダッチは職員に乗客名簿の提示を求めた。規則で見せられないと一度断られるが執拗に迫るダッチに職員は根負けし搭乗者名簿を手渡すと現場で妻の遺体の確認をするようダッチに求めた。

 

 

一方、ダッチ同様に遺体の身元確認を促された人物がいた。墜落した航空機に搭乗していたカレン・チャンドラー(ピーター・コヨーテ)の妻ケイ・チャンドラー(クリスティン・スコット・トーマス)である。ケイは下院議員で次期選挙に向けて再選活動中であり多忙な日々を送っていた。ケイはサザン航空の職員に対し、夫はマイアミなど行かずニューヨークに出張に出かけていると事実を否定するが、搭乗者名簿で夫カレンの名前が確認されたと告げられると素直に遺体確認に応じた。遺体の安置所となる海軍基地には納体袋に収められた遺体が所狭しと並ぶ。モニター越しに遺体を確認するダッチとケイ。

ダッチはそれから墜落事故犠牲者リストをもとに妻の隣りの席に座っていたカレン・チャンドラーの存在を知り、ペイトンとの関係を解明しようとカレンの妻ケイを訪ねた。

 

 

 

ランダム・ハーツのレビュー・感想

 

この作品の主人公がハリソン・フォード。彼が生まれたのが1942年で1999年の映画だから撮影当時彼は57歳。還暦直前の歳で純粋な男の恋心を演じきれるのはハリソンくらいではないでしょうか。特にあの目力というか、眼光の鋭さというか、物凄い純粋さを感じてしまいます。

ちなみに同世代の俳優さんにロバート・デ・ニーロやマイケル・ダグラスがいるけれど、大人の恋、純粋な恋愛を演じさせたらハリソンはぴったりとハマりますね。僕はこの3人を良く比較してしまうんですが、同じ刑事役をやるにしてもロバート・デ・ニーロとハリソン・フォードでは全くタイプが違って映るし、マイケル・ダグラスは刑事役というよりビジネスマンや投資家みたいな役の方が似合うし、とにかく青年ぽさ、純粋さという点ならハリソンが群を抜いていますね。でも、それぞれ違う個性があるからこそ俳優さんという職業が成り立っているのでしょうが。

まあ、俳優同士の比較なんて、一流ギタリストを比較してどっちが上手い下手くそかなんて言っている次元と一緒で、あまり意味ありませんが。・・スミマセン(笑)

作品での感想ですが、不倫をテーマにした作品はたくさんあるけれど、同じ航空機に偽名を使って搭乗し事故に遭って不倫がばれるという設定は意外にありそうでなかったと思うし、逆にそれが妙に現実めいていて物語の展開としては面白かったです。クリスティン・スコット・トーマスも20年も前だから色気もあるし魅力的ですね。

ただ普通に考えて不倫していた妻や夫の配偶者同士が恋愛関係に発展するというのはちょっと考えにくいですが、堅物同志の二人だからこそ、その意外性のある展開にこのストーリーとしての面白さがあるのでしょう。

それと、ダッチの職業が警察官という設定のためか、暴力シーンや銃撃戦のようなシーンがいくつかでてきますが、あれらのシーンは退屈さを感じさせるのでカットしてもよかったのではないかと思います。この物語に銃や暴力は似合いませんね。

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マイ・ビューティフル・ジョー

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ロードムービーならではのアメリカの景色が随所に登場

2000年製作  アメリカ  98分

監督

スティーヴン・メトカーフ

 

キャスト

シャロン・ストーン  ビリー・コノリー  ギル・ベローズ  ジャーニー・スモレット      イアン・ホルム  ダン・フロレク  ロジャー・クロス

 

撮影ロケーション・情景

NYブロンクス アメリカの競馬場  アメリカのbar  アメリカの片田舎  ラスベガス  カジノ  マフィア(ギャング)  サンフランシスコ

 

マイ・ビューティフル・ジョーのあらすじ

 

ブロンクスで花屋を営むジョー(ビリー・コノリー)はここ最近、頭痛に悩まされていた。病院で診てもらうと脳腫瘍と診断され、薬の投与だけでは治らず手術を必要とする病であるが技術的にこの手術はとても難しく主治医も頭を抱えた。ジョーは手術を2ヶ月先に延ばしてもらい放浪の旅に出ようと考えていた。そんなある日、頭痛に堪えきれず仕事先から早めに帰宅したジョーは妻が自宅で修理業者と浮気をしている現場を目撃。現場を見られた妻は開き直りジョーに離婚を切り出す。やさしいジョーは妻を責める事なく離婚を承諾した。

数日後ジョーは競馬場で大穴を当てた。するとそこにいた元ストリッパーのハッシュ(シャロン・ストーン)がジョーをカモろうと声をかけてきた。ハッシュは無類のギャンブル好きでマフィアのボスにまで借金をしていた。ハッシュはジョーに「配当金は何に使うの?」と訊ねるとジョーは「所詮あぶく銭」と割り切り、傍で寄付を募る修道女に全額寄付をした。金ない者に用は無いと判断したハッシュはジョーの元を去って行った。ジョーはハッシュが落としていったクラブの名刺を手がかりにハッシュの店を訪れる。

店にはハッシュに借金の取り立てをしようとマフィアの手下であるエルトン(ギル・ベローズ)が来ていた。ハッシュはジョーを見かけると「美女と泥レスしてみない?」と持ちかけ、ジョーが美女たちと格闘している間更衣室に潜り込みジョーの財布を盗みエルトンに渡した。しかし返済額が足りずエルトンがハッシュの顔を殴ったことで二人は言い争いを起こす。そこにジョーがやってきた。ハッシュはどさくさまぎれに「あいつがあなたの財布を盗ったのよ」と嘘をついたがジョーはハッシュが盗んだことを気付いていた。それでもジョーはハッシュを庇いエルトンが消え去ると、ハッシュは自分の素性をジョーに打ち明けた。

 

所持金を取られ行くあてのないジョーはハッシュの家に泊めてもらう事になるが、真面目なジョーはハッシュからの夜の誘いを断わりハッシュはプライドを傷つけられ、ジョーを部屋から追い出した。ジョーは一人リビングで一夜を開ける。朝目覚めると、そこにハッシュの子供ビビアンと   がいた。子供たちが腹をすかせている事を知るとジョー材料を買ってきて子供たちにパンケーキを焼いてやった。こうして子供たちは次第にジョーに馴染んでいく。

ジョーはハッシュに取られた財布を返してもらいにギャングたちの所に乗り込もうと提案する。ハッシュは「無駄なこと」と笑い飛ばすがジョーは至って真面目だった。

ジョーは早速ボスである“変態ジョージ”ことホリマン(イアン・ホルム)を訪ねた。ホリマンに会う早々、ジョーはホリマンの育てる花々やホリマンの装うファッションに触れた。するとホリマンは我に返ったようにジョーに一目置き、手荒い事もせず、すんなり財布を返した。実は巷のマフィアの世界ではアイルランド系ギャングで“伝説の殺し屋”の異名をとるビューティフル・ジョーの存在が大きく、ビューティフル・ジョーがファッション通で花に詳しいという特徴からホリマンはジョーがその人物であると信じたからだ。

それからジョーはマフィアたちの手がハッシュへに及ばぬようハッシュと二人の子供たちを連れて逃亡旅に出る。

 

 

 

マイ・ビューティフル・ジョーのレビュー・感想

 

ジョーの包容力と愛情には脱帽っていう感じですね。ジョーのような男になれたならと心が癒されます。でもジョーは財布を盗まれたのを分かっていながら、あれだけ優しくできるのにハッシュは傲慢で我がまま(徐々に人間らしさを取り戻していきますが・・)。ハッシュがよほどの美人で、ジョーが桁外れのお調子者でもない限り繋がらない話ではありますが・・。

映画のストーリーとしてはすごく単純ですが、ジョーがハッシュと二人の子供たちを連れて逃亡旅に出る辺りから映画的な醍醐味が出てきて面白くなるという感じです。

サンフランシスコやラスベガスなど、それ以外にもロードムービーならではのアメリカの景色が随所に登場しますので、アメリカ好きという人にとっては観ていて楽しい作品かと思います。

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イントゥ・ザ・ワイルド

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“自由”という定義を改めて考えさせられる実話映画

2007年製作  アメリカ  148分

監督

ショーン・ペン

 

キャスト

エミール・ハーシュ  マーシャ・ゲイ・ハーデン  ウィリアム・ハート  ジェナ・マローン  キャサリン・キーナー  ヴィンス・ヴォーン  クリステン・スチュワート  ハル・ホルブルック  ザック・ガリフィアナキス

 

撮影ロケーション・情景

アラスカ アトランタ、 アリゾナ メキシコ 荒野・砂漠  バックパッカー(ヒッチハイカー)  サウスダコタ カヤック(川下り)コロラド川  ロサンゼルス ソルトン・シティ

 

 

イントゥ・ザ・ワイルドのあらすじ

 

ある晩ビリー・マッキャンドレス(マーシャ・ゲイ・ハーデン)は息子クリストファー(エミール・ハーシュ)の夢にうなされ目を覚ます。ビリーは夫ウォルト(ウィリアム・ハート)に「クリスの声が聞こえた」と告げた。ビリーがクリスの夢にうなされたのはクリスが両親に反発し家出をしてしまっていたからである。

クリスはアトランタのエモリー大学を優秀な成績で卒業したもの、「文明に毒されるのが嫌」という独特の思想をもち、残った学費2万4500ドルを全額寄付し自由気ままな放浪の旅にでる。

 

クリスはオンボロのダットサンサニーに乗り、取り敢えず西へと向かった。途中クリスは車中で仮眠をとっているところを、大雨の影響による鉄砲水に突然見舞われ、あわや間一髪というところで難を逃れた。浸水した車は動かなくなり、クリスは「文明に毒されない」という信条通りそこに車を捨て、所持金もすべてライターで燃やしヒッチハイクをしながら一路アラスカを目指し旅を続ける。

アラスカのフェアバンクスについたクリスは雪積もる森の中に捨てられていた一台の古びたバスを見つけ、そこで「荒野暮らし」を始めるが、そこにはクリスにとって思いもよらぬ壮絶な結末が待っていた。

 

 

イントゥ・ザ・ワイルドのレビュー・感想

 

クリストファー・マッキャンドレスという人の壮絶な人生をショーン・ペンの独特の感性で映画化した実話です。

冒頭から随所に、クリスの妹であるカリーンの兄への想いがナレーションで綴られるのですが、そりゃあクリスにもいろんな主張や考えがあっての家出なんだろうけど、兄妹の立場としてのカリーンのナレーションにはクリス自身の主張や権利が美化され過ぎているのではと感じてしまいます。

昔、誰かが言っていました。「自由とは自分の両腕を思い存分振り回す事の出来る権利。ただし、その腕の中には誰も存在しない事」って。

自由になる事を夢みるのは別に悪い事ではないけれど、誰かに迷惑をかけるような自由なら、もはやそれは“自由”とは言えないと思う。その迷惑の矛先が親であるからなお悲しいです。

自分も散々親に心配をかけてきた方ですが、自分が親になればそれがよく解るはず。公衆電話で小銭が切れそうになった老人にクリスが小銭を恵んでやるシーンがありましたが、あんな風に他人には優しくできるのに、なぜか自分の親となると素直になれないんですよね。

終盤、父ウォルトがクリスを探しさ迷い歩いて、どうにもならない現実に泣き崩れる場面がありますが、あの姿に親心の全てが集約されているように思います。結局、彼自身も孤独には勝てないと悟り、改心した矢先の最期であるだけに、本人もさることながら、ご両親の無念さを察します。

バスにもたれかかり写真に納まるクリストファーの実際の写真が最後に登場しますが、これはとても衝撃的。

彼の尊厳を汚すつもりはないけれど、写真に向って言ってやりたい。「何が自由だ!お前は大バカ者だ!」と。「お前の亡骸を引き取りに来たカリーンの気持ちにもなってみろ!」とね。

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